人類が誕生した頃の原始人に比べ、我々は豊かだ。
肥満やうつ病が問題視されているものの、豊かさと引き換えにストレス社会で生きる現代人には、やむを得ない副産物だ。
がんや心臓疾患が増加傾向だといっても、寿命が延びたことでクローズアップされているだけなのだ。
本書を読むまで、それが疑いのない常識だと思っていた。
だが不思議なことに、文明が発達していない先住民には、これらの症状はほとんど見られないという。
彼らは先天的に抵抗力が強いのかと思いきや、欧米の食事とライフスタイルを受け入れると、彼らもこれらの症状を発症するというから驚きだ。
つまり、文明こそが現代人の抱える健康症状をもたらしているに違いない、というのが本書のエッセンスだ。
では、本書が述べる「文明」とは一体何を指しているのだろうか?
それは保存食の発見や、電気やコンピューターの普及、あるいは自然環境が失われる都市化と様々だ。
とりわけ、本書の前半は農業の誕生による食生活の変化について熱く語られていて、著者らが最も強調しているのが、炭水化物がもたらした弊害だ。
現代人は、エネルギー源の大半をコメや小麦などの炭水化物で賄っているが、狩猟採集民族は低炭水化物食でありながら、獲物を追うだけの持久力を有していたし、前述の「文明病」などとも無縁だった。
なぜなのだろう?
著者らはブドウ糖には毒性がある (P85)と分析している。
血中糖度が上昇すると、すい臓からインスリンが分泌されて血糖値を下げようとする生体反応が生じることが、毒に対する反応だ。
インスリンの指令は、脂肪より優先的に糖をエネルギーにせよ、であり、ゆえに脂肪は節約され、蓄積されざるを得なくなるというのだ。
本書では「パレオダイエット」と呼ばれる低糖質食生活が病気を予防することを、ケーススタディとして紹介している(P107)。
コメを主食にしてきた日本人からすると衝撃的な事例ではあるが、たしかに人類の長い歴史と文明病の増加を対比させてみると、思わずうなずかざるを得ない。
著者が野生に戻れと声高に叫ぶ理由は他にも数多くある。
有酸素運動が脳に好影響を与えることは前著「脳を鍛えるには運動しかない!」に詳しいが、著者らはフィットネスジムのマシンで走るよりも、トレイルランのように起伏に溢れた山道を走ることを強く推奨している。
なぜなら、人間は全身から刺激を受けることや、予測困難な状況に対処することで脳が刺激され、鍛えられる。つまり、動かないとバカになる (P115)ということだ。
なるほど、長らく厳しい自然環境のなかで生き抜いてきた人間にとって、トレイルランによって生命力が向上することは理にかなっている。
それを裏付ける話題として、本書でも紹介されているベストセラー・BORN TO RUNでは、文明が発達していていない民族の裸足ランニングが紹介されていたが、人間は走るためにデザインされているという壮大な仮説も、神経科学という観点から納得させられる。
そんな意味では、BORN TO RUNが経験則から記された書籍であるのに対し、本書がそれを科学的に裏付けているかのような関連性があり、ぜひ重ねて読んでみたい。
それにしても中身が濃い単行本だ。運動、食事、睡眠、瞑想などいずれのテーマも好奇心が刺激されて、いまから生活習慣を変革しようというマインドが想起されてしまう。
著者が一貫して訴えていることは、文明が発達する以前に、人間はどのような生活をしていたか、という点だ。
たとえば、夜でも光が溢れ、誘惑に満ちた現代に生きていると睡眠時間が不足しがちだ。
著者らは実験を通じ、睡眠時間が少ないと肯定的な情報が記憶に残りにくくなることを紹介し、うつ病につながるリスクが高いと警鐘を鳴らしている。
私たちは、文明によって偉大な力を手に入れたかのような錯覚をしているのだろうか?
そういえば、我々は小鳥のさえずりや緑が生い茂る木々に囲まれていると不思議と癒されることを知っている。
森林浴は自然との触れ合いが心身の健康に恩恵をもたらし、それはコルチゾール値、心拍数、血圧といった客観的指標によって計測できる (P196)ほどだという。
本書は、文明の発達とともに失われつつある原始的な生活が、実はかけがえのない精神的、肉体的健康の源であることに気づかせてくれるとともに、真の豊かさを手に入れるための具体的指針を提示してくれる実用的な傑作ノンフィクションだ。
他の参考書籍:Fat for Fuel 「脂肪をエネルギー」に躍動する民族をテーマにした、クリストファー・マクドゥーガル著「Natural Born Heroes」 |