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脳を鍛えるには運動しかない!
−最新科学でわかった脳細胞の増やし方−

脳を鍛えるには運動しかない!
著者 著:ジョン J. レイティ、
エリック・ヘイガーマン
訳:野中香方子
出版社 NHK出版
出版年月 2009年3月
価格 \2,100
入手場所 bk1
書評掲載 2009年6月
★★★★★

 かつて、アスリートは「脳みそまで筋肉」と揶揄されていた。
 「体育会系=バカ」であるという根強い偏見が長い間抱かれ、ランナーは周囲から奇異のまなざしで見られていた、というのは言いすぎかもしれないが、一般的には、運動能力と学習能力の関係は反比例していると思われがちだ。
 だが、本書を読んで、そのような考え方は完全に覆された。運動は脳を鍛えるのだ

 著者は精神医学を専門とする医学博士で、うつや薬物依存などについて長年にわたって治療を施してきたのだが、とりわけ「心と体の結びつき」というテーマを研究している。その経験から導かれた結論は「運動は脳の機能を最善にする唯一にして最強の手段(P308)」であるという仰天の事実だ。
 なんて大げさで、突拍子もないと思うかもしれない。しかし、本書を読めば、この結論を導くために、いかに多くの実験を繰り返し、様々な論文を引用し、そして何よりも、いかに多くの患者と向き合ってきた結果であるかが十分に分かるだろう。

 その第一章では、アメリカ・シカゴのネーパーヴィル・セントラル高校での、「0(ゼロ)時限体育」における効果について事例を紹介している。1990年に始まった「0時限体育」では、通常の「授業」とは異なり、トラックを数周走るだけ。タイムは気にしないが、最大心拍数の80〜90%ほどの負荷をかけることが条件だ。
 なぜなら、スピードや距離ではなく、心拍数を基準に運動させることで、運動が苦手な生徒も自発的に取り組むことができ、自分自身のフィットネス(健康)について向き合うきっかけとなるのだという。まさに「身体教育」の真髄だろう。
 そしてもう一つ注目すべき点がある。それは、運動を(座学の)授業前に行ったことだ。
 朝一番に運動をすることで、生徒の読解力や論理的思考能力が、目覚ましく向上したというのだ。たとえば、1999年に実施されたTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)のテスト結果は、アメリカ平均が理科と数学でそれぞれ世界18位と19位であるのに対し、その高校では世界1位と6位という驚くべき好成績を収め、「ネーパーヴィルの奇跡」と騒がれたそうだ。

 本書にはそんな「運動と脳」に関する興味深い実験や事例がふんだんに紹介され、「運動」に対する革新的な考えに満ちている。
 たとえば、最新の研究によると、運動(特に有酸素運動)が学習のために必要な道具であるニューロンを新生し、その後の授業で受けた刺激がニューロンに仕事を与え、記憶増強につながるのだという(P61〜64を要約)。
 ここでのポイントは「ニューロン新生」だ。なぜなら、新しいニューロンは新しい刺激について強い結びつきを示し、長期増強を示しやすいのだという。つまり、「ネーパーヴィルの奇跡」では「0時限体育」によって生み出されたニューロンが、その後の学習効率を高めていたのだ。
 運動が学習能力を伸ばすというのは驚きの事実だが、運動の効果はそれだけではない。
 これまで薬物治療に頼ってきた、うつや依存症にも効果が認められてきている。運動すると前向きになり、ストレスが減るのだといい、近年では運動が精神疾患に悩む患者の治療として勧められているそうだ。

 運動は素晴らしい可能性を秘めている。「健康であれば、より注意力にすぐれ、よりよい結果が出せる(P33)」のだ。
 もしかしたら近い将来、入社試験では学歴よりも運動習慣を問われる時代が到来するかもしれない。
 いまや我々に対する「偏見」は捨てさられ、「尊敬」のまなざしを集める時代がやってきたのだ。
 さあ、脳を鍛えるために、今から走り出そう!

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