なぜランニングシューズの性能は向上しているはずなのに、故障を抱えるランナーは減らないのだろう?
そんな疑問を抱いたジャーナリストである著者は、メキシコで奇妙なうわさを耳にした。
まる二日に渡って続ける超長距離レースを伝統にしている民族があり、なかには480kmを走り通したランナーまで存在するという。食事は質素で、レース前夜はアルコールで宴会騒ぎ。ストレッチや準備運動もせず、草履のようなサンダル履きで走ってしまう。スポーツ科学の常識からは全てがあべこべだと言うのに、なぜ彼らは身体を壊さないのだろう?
そんな不思議な民族「タラウマラ族」、別名「ララムリ族(走る民族)」に興味を惹かれた著者は、道路も引かれていない秘境を訪ね、執念の体当たり取材を行っていく。
本書を手にした時、400ページを超えるボリュームにたじろぎ、覚えにくい横文字の登場人物に戸惑い、そしてアメリカンジョークを交えた冗長な文章にリズムを崩され、序盤はなかなか読み進めることができなかった。
だが、中盤以降からストーリーの核心に迫っていくにつれて、グイグイと引き寄せられていく。それはあたかも、本書のテーマでもあるウルトラトレイルレースのような、起伏にあふれたアクティブな冒険にも似た感覚だ。
そもそも、これは本当に実話なのだろうかと疑問を抱いてしまうほど、本書のストーリーは規格外に壮大かつ神秘的な内容だ。
訳者あとがきによると、本書は以下の三つのストーリーをひとつに融合させている。 1.足を痛めた冴えないランナーである著者が「走る民族」タラウマラ族の秘術を探る話。 2.ランニングシューズが足に悪影響を及ぼしていることを科学的に解明する話。
3.タラウマラ族と、全米の有力ランナーがメキシコの荒野で世紀のトレイルレースに挑む話。
この過程で、著者も超長距離レースに挑むのだが、いつしか足の痛みが消えていることに気がつく。
このように要約してしまうと非常にシンプルなストーリーなのだが、本書は読んだ者にしか分からない魅力に包まれた、人類の起源に迫る傑作だ。
膨大なボリュームを誇る本書ではあるが、とりわけチャプター25だけでも読む価値は十分にある。
数多くの科学者が、クッション性の優れたシューズが故障を予防するという「迷信」を否定しているにもかかわらず、シューズメーカーの巧みな宣伝戦術に惑わされてきたことを指摘している辛口な記述なのだが、この章を読み終えたときには、頭を鈍器で強く殴られたような衝撃すら受けてしまう。
そして、なぜ人間の足は走るために適した精巧な構造を持ち、そしてなぜ厳しい生存競争を勝ち抜くことができたのか。この進化の歴史に迫るクライマックスは、これまでの学校教育で受けたどんな授業よりも好奇心を刺激される内容だった。
「走る」ことは人間にとって荘厳な生きる術であり、言い換えれば、邦題となっている言葉、「走るために生まれた」と言っても過言でないことは、本書を読み終えた後に抱く素直な感想だ。
従来の科学的知識や経験が否定されることは、いささかショッキングではあるが、今後の人生観をも変える可能性を秘めた素晴らしい作品であることは間違いないだろう。
※ 本書には写真が全く掲載されていないのだが、下記公式サイトの動画や写真が参考になります。
著者のウェブサイト http://www.chrismcdougall.com/ これだけの大男が50マイル走破したことが驚きです。
著者に同行したルイス・エスコバー氏のウェブサイト http://luisescobar.photostockplus.com/
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