かつては世界最高水準を誇っていた日本男子マラソンも、オリンピックや世界選手権ではメダルに手が届かなくなってから久しい。それどころか、世界最高記録との差は年々開いていくばかり。
この低迷状態を打開するために新設された「東海道マラソン」。
目的はただひとつ。それは、「日本人に世界最高記録を狙わせる」という、雲をつかむように大胆な目標だ。
そのためにやらなければならないことは、「超高速コースの設定。勝てるランナーの招聘。強いペースメーカーを探すこと。」の3つ。
神奈川県知事のトップダウンにより、この無謀な大会事務局の責任者に指名されたのは、かつて箱根駅伝を走った経験があるというだけの一介の職員・音無太志(おとなし ふとし)。
音無は、長距離ランナーの経験を生かして、平坦で景色の良い超高速コースを設定する傍らで、「勝てるランナー」とペースメーカー候補へ接触していく。
「勝てるランナー」とは、かつて関東学連選抜として出場した箱根駅伝で区間新記録を樹立し、卒業後はマラソン日本最高記録を叩き出した「山城悟」のことに他ならない。
2時間5分台の記録を有する山城は、現在の日本マラソン界を語る上で欠くことのできない存在になっている。
しかし、彼にまつわる噂は、「傲慢」、「マイペース」で、チームを預かる監督の指示も受け付けないそうだ。
そんなわがままな彼を、新設されたばかりのマラソンに招聘することができるのだろうか?
ストーリーの展開にやや強引さが感じられるのは相変わらずだが、現在日本が置かれている「マラソン」にまつわる課題を幅広くストーリーに溶け込ませていて、感情移入させられる点が多い。
たとえば、自身もかつて箱根駅伝を走った経験があるこの知事をして、箱根駅伝が日本のマラソン弱体化の遠因であると断言し、これでは、陸上競技に対する熱も冷めてしまう。元々日本は、世界に冠たるマラソン王国だったんだ。その熱気が、箱根駅伝に吸い取られてしまったと思うのは私だけだろうかね? (P18)と、熱く語らせる姿からは、もはや素人の発言ではないと驚かされる。
一方、莫大な資金と労力を投下し、ようやく大会の開催にこぎつけたのだが、レースは主催者の意に反した意外な展開を見せていく。
その過程で、選手、監督だけでなく、マスコミや運営側の心理もうまく描き出し、個性あふれる登場人物らによる感情むき出しの人間ドラマに心を動かされるとともに、スポーツ経験者にとっては共感を禁じえない、心憎い表現が多いことも魅力の一つだ。
特に、レース中のランナーの息遣いやリズム、そしてそれを見守る運営サイドの不安な心境が、非常に素直に表現されていて、読んでいるこちらまで息苦しくなってくるよう。
前著「チーム」の続編と銘打たれた作品とあって、「チーム」を読んでから本作を読むと、登場人物らに関する、さらに深い背景を読み取ることができるだろう(「キング」からの友情出演もあり、過去の作品に登場した人物の「その後」も見どころ)。
ただ、著者の作品に共通する「あっけないラスト」は改善されておらず、まるで終盤に燃え尽きてしまったかのような拍子抜けを感じてしまうのが残念。
関連書籍:
箱根駅伝の関東学連選抜を舞台にした小説「チーム」。
オリンピック・マラソン選考に挑む3人のライバルを描いた小説「キング」。
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