スマートフォンに依存する中毒性に警鐘を鳴らしたことで話題を呼んだ「スマホ脳(新潮新書、2020年)」は、マルチタスクが原因で集中力が低下するリスクなどを科学的に、かつ分かりやすく説明してくれ、著者の母国スウェーデンだけではなく、日本でもベストセラーとなった。
なぜ人間はスマホに依存してしまうのか。
かつて人類は狩猟採集社会で生き、そこで生存するためには周囲の環境を把握し、情報収集に専念する必要があった。
スマホに依存してしまう理由も、人間の脳がどのように発達してきたのかという歴史的、脳科学的背景があることを教えてくれ、知的好奇心を満たしてくれる素晴らしい良書だった。
そんなベストセラーに先んじて、本国では2016年に出版され人気を博したという書籍が、本書の原著だ。
日本では2018年に「一流の頭脳」として刊行され、「スマホ脳」が好調な売れ行きだったことから、本書に改題されたようだ。
ストレートなタイトル通り、本書は運動が脳に与える効用をこれでもかと訴えてくれる。
集中力を得たければ、走れ!
記憶力を高めたければ、走れ!
創造性を生み出したければ、走れ!
ストレスに打ち克つためには、走れ!
認知症やうつ病を予防したければ、走れ!
と、様々な事例を章立てして紹介しながら、運動、特に心拍数を適度に高めるランニングなど有酸素運動の効果を科学的に説いてくれる。
一般的に脳の神経細胞は、成人後は衰える一方だと考えられてきたが、定期的に有酸素運動を行うことで、前頭葉は大きくなり、海馬の細胞数が増加することが分かってきたそうだ。
ではなぜ、有酸素運動が脳の機能を改善してくれるのだろう。
そんな疑問に対して、著者なりの仮説や背景を丁寧に解説してくれることこそ、本書が読み物としても読者を魅了する理由の一つだ。
人類は狩猟採集社会で生きていくために、獲物を追い続けなければならなかった。
つまり、走ることができなければ、生存が脅かされる事態に陥ってしまうのだが、そのためには、集中し、記憶を保持し、創造的に考え、そして目的を果たした後は、闘争で高まったストレスを抑制しなければならなかったのだ。
本書の言葉を借りれば、最も動く祖先が生き残った (P329)ということだ。
有酸素運動は学力や知性に好影響を与えるだけではない。毎日、意識的に歩くと認知症の発症率を40%減らせる (P319)ことまで証明されているという。
その科学的裏付けとして、有酸素運動がBDNF(脳由来神経栄養因子)の成長を促す事実を紹介してくれる。
BDNFとは、脳細胞の生存や成長を助け、脳細胞間のつながりを強化し、脳の可塑性を促し、細胞の老化を遅らせる奇跡ともいうべき物質 (P182)だ。
一方で近代文明のもとでは、製薬会社が認知症の研究に莫大な資金を投入しているが、現時点で効力のある薬は登場しておらず(発見されればノーベル賞級だという)、認知症の一番の薬は、「歩くこと」なのだ (P321)という皮肉な事実を教えてくれる。
つまり、狩猟採集生活から逃れた現代人にとって、運動は知的で健康な人生を送るために欠かせない行為なのだ。
さあ、スマホを置いて、今から走り出そう!
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