近年の学生駅伝における東洋大学の安定感は群を抜いていて、箱根駅伝だけみてみると、直近6年間で4度の優勝と2度の準優勝という結果を残している。
これは、わずかなミスが命取りとなりかねない戦国駅伝において驚くべき勝率だ。
この輝かしい歴史は、著者がチームを率いている時期と軌を一にしており、駅伝ファンならずとも彼の哲学に興味を抱く者は少なくないのではないだろうか。
思い起こせば、著者が同校長距離部門の監督に就任した経緯は運命的だった。
なぜなら、第85回(2009年)の箱根駅伝で悲願の初優勝を東洋大学ではあったが、その前年には部員の不祥事で川嶋伸次が監督を辞任し、その後釜として著者が急遽選任されたのだから。
しかも新任監督は若く、選手としての実績もわずかな彼が、いきなりディフェンディングチャンピオンとしてチームを率いることに、部員は驚いたことだろう。
しかしそんなドタバタ騒動の末に就任した監督のもとで、チームの歯車は見事に噛みあいながら成長していくのだから、不思議な縁を感じさせる。
ではなぜこれまで中堅校に甘んじていたチームを、かくも逞しい「常勝軍団」に生まれ変わらせることができたのだろうか。
本書は、著者が監督就任以降の道のりを振り返りながら、学生を指導する際に留意している点や、コーチ陣やマネージャーを含めた、チームのあるべき組織作りを中心に語っていて、勝負に対する著者の強いこだわりを垣間見ることができる。
なかでも、監督就任2年目で迎えた第87回(2011年)の箱根駅伝で、わずか21秒差で早大に三連覇を阻まれたことと、その翌年に10時間51分台の驚異的な大記録で栄冠を奪い返した時期を詳細に振り返っている。
特に、予定通りの総合タイムだったにも関わらず敗れたことは、著者をして箱根駅伝の走りが大きく変わった (P126)と感じさせたようで、翌年度は厳しいチーム改革を行っていく。
そのひとつが、冷酷すぎるのではないかと思うチーム戦略で、たとえば先述した第88回箱根駅伝で、アンカーを予定していた4年生を「往路優勝を遂げた日の、夜8時 (P146)」に交代を告げるシーンは何度も読み返してしまった。
もちろん、普段からチームのコミュニケーションが円滑であり、メンバーの結束が固かったからこその決断であり、だからこそ上述した大記録での栄冠にも輝いたのだろう。
だが家族や関係者が応援に来ていた晴れの舞台で、走ることが叶わなかった選手の気持ちを考えると心が痛み、そして同時に、いまや箱根駅伝の監督はそこまで非情にならなければ務まらないのだということを教えてくれるエピソードだ。
一方で、若くしてこれだけ注目度の高い大会で結果を出し続けなければならないリーダーの重圧は想像に難くない。
私が本書で期待したのは、それらをどのように克服してきたか、だったのだが、残念ながらその点については全く語られていなかった。
だが、本書を読み終えて気がついたことがある。
それは、これほど圧倒的な安定感を誇るチームではあるが、決して特別なことをやっているわけではない一方で、極めて基本を徹底している、ということだ。
就任するや寮の清掃を指示し、「礼を正し、場を清め、時を守る」ことを徹底させ、朝練習の大切さを説き、生活の乱れを解消した。
食生活でも近隣の女子栄養大学と連携し、栄養の重要性を理解させていった。
駅伝はチーム戦であり、戦略のひとつとして練習メニューを工夫しなくてはいけないが、そこに至るまでの準備、食事、寮環境、選手のモチベーション、すべてを含めて「強化」なのだ (P97)という一言は、一見簡単なようだが、毎日徹底させることは簡単ではないはずで、その積み重ねが「常勝軍団」を築いているのだと感じさせてくれる。
就任当初は私も含め、これほど若い監督で大丈夫かと心配するファンも多かっただろうが、選手時代のブランクが短く、決して才能に恵まれたわけではなかったからこそ、学生のモチベーションを維持するノウハウを存分に発揮しているのかもしれない。
※ 参考書籍
・東洋大学らを栄養面からサポートする虎石真弥をテーマにした「王者の食ノート」
・東洋大学初優勝をテーマにした「魂の走り」
・前任監督・川嶋伸次による自著「監督」 |