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1年ぶりの一時帰国での日本滞在では、ゆっくりと温泉につかったり、和食やお酒を存分に味わったりと、楽しみは尽きないのだが、書店巡りもまた待望のひとつだ。
とりわけ、地元の大型書店との相性が不思議と抜群で、特にお目当て無く立ち寄っても、何度か「本に呼ばれる」ように、未知の書籍に出合えた経験が少なくない。
本書もそんな経緯で手にした一冊で、馴染みのない作家名に“うさん臭さ”を感じつつも、「ド直球 青春陸上物語 」という惹句に惹かれ、衝動買いしてしまった。
著者略歴には、デビュー作は自費出版で、その後は「酒飲み書店員大賞」受賞などの“B級感”な経歴が並び、およそ陸上競技の深遠な世界とは縁遠く、読むに堪えない小説ではないかと甘く見ていた。
だが、打ちのめされた。
序盤こそ、多数の登場人物名を覚えることに混乱したものの、個性豊かな人物が交互に一人称で語る一貫したスタイルは明快で、中盤以降はグイグイ引き込まれてしまう。
それはまるで、レース後半に伸びやかに加速するスプリント競技のようで、どんどんと感情移入させられてしまうのだ。
流れるように美しいストーリーもさることながら、コロナ禍の行動制限や、東京オリンピックの静かな興奮など、つい最近のマクロ世界情勢に加えて、その一方で思春期の脆いメンタルや、学校単位の育成是非など、まさに現代スポーツのミクロ課題も散りばめられているようで、読書中にたびたび立ち止まされてしまうほど、リアリティに富んでいる。
主題は高校女子四継(4x100mリレー)で、高校デビューの春谷風香が中堅私立・高幡高校陸上部への入部からプロローグが始まるのだが、風香がダントツの主役なのかと思いきや、決してそんなことはない。
憧れの先輩や同期はその実、家族や友人との人間関係に悩み、一瞬のバトンミスを悔やみ、そしてライバルの活躍に嫉妬し、異性関係のモヤモヤに悶絶していた。
読者の多くが経験するであろう、思春期特有の不安定な数年間を思い出させてくれる、臨場感あふれる描写は秀逸で、470ページに及ぶ長編ながら、思いがけず一気読みさせられてしまった。
小説としての完成度もさることながら、「ハム」や「ニクる」など、陸上競技(特に中高生の部活世代)に携わった者でしか通じないであろう“業界用語”がサラリと語られ、しかもそれらを登場人物のセリフを通じて、さりげなく解説してくれるなど、一体どうやって調べたのだろうと感心してしまうほど、競技未経験者も安心して楽しめる。
もちろん、陸上競技経験者であれば、より感情移入して楽しめることは間違いない。
頑張っても、頑張っても、中学時代の自己記録が更新できない。
あれだけ楽しかった陸上競技が苦痛に感じる。
さしあたっての目標は、得意の200と4継、あとできれば100でも全国へ行くこと。結果行けても行けなくても、そこでいったん陸上は終わり。そうやって終わりを設定すると、気が少し楽になった (P265)と最終学年になったイブリンが語るように、ジュニア世代で活躍してきた早熟アスリートほど、その後の成長に悩み、競技を引退していく。
特に女子短距離では、大学進学後まで本格的に競技を続ける者は、一握りであることは確かな事実で、だからこそ、彼女たちの「いま」に賭ける重みが、本書から伝わってくる。
結果はどうあれ、自分の努力の最高到達点 (P339)を目指そう。
かつて将来を嘱望されたが、不幸な事故で一線を離れた男子マネージャーが語るその一言を、何度も反芻してしまう。
青春時代に抱えるであろう悩みを凝縮したかのストーリーは、読者に懐かしい過去(もしくは黒歴史)を想起させ、表面的には甘酸っぱさも感じる一方で、ときには心臓を鷲づかみされるようなディープな記憶を蘇らせてくれるようで、贅沢な読後感に包まれる。
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