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ニパウイルスなる致死率の高い感染症がインドで確認されたという。
すわ、あのコロナ禍での自粛や移動制限が脳裏によみがえり、見えない敵に畏怖する数年前を思い出してしまう。
だがいま思い起こせば、あの頃は世界中が同じ苦しみを共有し、ともにウイルスの脅威に立ち向かう連帯感があったように思う。
一方で、突然難病を告げられ、長い闘病生活を余儀なくされる患者、それがとりわけ自分より遥かに若年で、将来ある青年であったならば、本人や家族の心情はいかばかりかと、胸が痛くなる。
本書は、あの瀬古利彦の長男・昴が、20代半ばで血液がんの一種・ホジキンリンパ腫を診断され、8年に及ぶ闘病生活の終盤に上梓されたエッセイで、著者は本書出版後わずか1か月で他界している。
まさに命の炎を燃やし尽くして執筆したに違いないのだが、そんな重いエピソードに反して、本書は瀬古ファミリーの天然だらけの日常生活を、ユーモアたっぷりに、あけっぴろげに伝えてくれる。
この8年は、ずっとジェットコースターに乗り続けているような感じでした(P9) と著者が冒頭で振り返る通り、会社退職後の世界一周・ピースボート乗船後に感じた背中湿疹の違和感、そして入退院の繰り返しに加え、脳への転移。
激しい痛みや呼吸障害を余儀なくされ、精神的にギリギリの状態で、痛み止めも効かず、ガンガンする頭を抱えながら一人部屋の机につっぷし、「神様、なんで!」とつぶやいていました(P13) と眼をそむけたくなる過酷な描写が読者の心をえぐる。
だが、本書は単なる闘病記にとどまらない。
できれば、辛かったことも、明るくたのしく伝えたかった。「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」というチャップリンの言葉があります。客観的に見ることで、辛いこともユーモアに変えられると思ったのです(P10) とまるで悟りを開いた僧のように、著者は本書で一貫してユーモアたっぷりに闘病生活を語り、そして家族との触れ合いを笑いのネタに記録していく。
マラソン界では大御所とされる父・利彦の家庭生活を包み隠さずネタにし、とても尊敬する父ですが、世間様の常識が若干アレです(P85) と日常生活での非常識さを暴露し、難病患者の悲哀を微塵も感じさせない。
そして著者は、当時は未承認だった新薬の被検者になることも厭わず、まさにトップランナーとしてがんに立ち向かったのだろう。
もしかしたら、著者が苦しさを表に出さず、努めて明るく振舞う背景には、弱みを相手に悟られてはいけない、というマラソンランナー・瀬古利彦の信念が伝播しているからではないだろうか?
タイトルに込められた思い、そして明るい印象のカバーデザインには、著者の強い矜持が込められているに違いない。
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