著者 |
遠藤雅彦 |
出版社 |
ベースボール・
マガジン社新書 |
出版年月 |
2008年2月 |
価格 |
\760(税別) |
入手場所 |
ブックオフ |
書評掲載 |
2009年1月 |
評 |
★★★☆☆ |
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近年、ランニングブームに熱が帯びているという。 正確な人数をつかむことはできないが、たしかに、ランニングをテーマとする雑誌や、トレーニング関連の書籍は年々増えているし、週末ともなれば自宅近くの河川敷やサイクリングロードには、気持ち良さそうにランニングを楽しんでいる姿が多くなった気がする。
長年スポーツジムに通っている家内によると、内輪でもここ数年、にわかランナーが急増しているという。私自身は、高いお金を払ってまで閉鎖的な空間で走りたいとは思わないのだが、同じ趣味の仲間が集うと、自然とランニング談義に花が咲くようだ。 曰く、秋以降の話題の中心は「東京マラソン」で占められ、抽選で選ばれし者たちが、誇らしげにバスツアーのメンバーを募り、大会後は、大都会の名所を走った感想や、大勢の声援に対する感動を熱く語るのだという。 本書によると、フルマラソンの出場人数2万5千人に対し、応募者はなんと7万7千人。警備が5千人で、ボランティアは1万2千人。沿道の観衆に至っては、178万人にのぼるそうだ。 東京の市民マラソンと言えば、殺風景な同じ景色が続き、声援もまばらな土手沿いを、修行僧のように耐え忍んで走るイメージがある私にとっては、隔世の感のある数字だらけだ。まさに「東京マラソン」は世界規模の大イベントであり、日本のランニング人口の拡大に大きな貢献をしていたことは間違いないだろう。
著者は、東京都職員で、同大会の実務責任者として運営にあたっていて、開催に至る苦労話や、大会を盛り上げるための秘策など、メディアでは伝えられない裏話が満載で、大成功の裏にはこれほど長い時間をかけて戦略を練ってきたのかと驚かされる。 実業団のエリートランナーだけではなく、出場者全員、そして沿道の観客からも喜んでもらえる大会を目指し、関係各署と折衝し、近隣商店街の理解を得るために奮闘していく姿は、「官僚的」と揶揄されがちな公務員のイメージからかけ離れ、人情味に溢れるエピソードが満載だ。 そもそもの始まりは、「銀座をランナーに開放したい」という、小出義雄監督の夢物語からスタートした大都市マラソンではあるが、東京という、一見すると無機質な都市に、公共の道路をランナーに開放する心のゆとりがあるのか、そして、赤の他人を沿道で長時間応援するなどという、温かな土壌が残っているのだろうかと、不安を抱きながら結成されたプロジェクトチームだったという。しかし、やがて寝食を忘れるほど議論しあいながら、スタート時に鮮やかな紙吹雪を吹き上げたり、合唱団による歌を添えてみるなど、従来のマラソンにはなかった、大胆で奇抜なアイディアを実行していく姿には思わず喝采を送りたくなる。著者が「世界一のマラソン大会」を目指したと胸を張るのも、決して言い過ぎには聞こえない。
本書には、同大会の実行委員として実務に携わってきた者にしか分からない、ランナーやスポンサーからの反応が素直に綴られ、社会学的な観点からはとても参考になる内容なのだが、なんとなくデータの信憑性が疑わしいことが残念に感じる。たとえば本書では統計的なデータを数多く掲載し、応募者数や応援は世界一だろう、と豪語しているのだが、その根拠がブログの記事だったり、根拠不明の推計値であったり、ちょっと頼りない。 運営に15億円もの費用をかけ、大手広告代理店の支援も得ているのだから、より公的な統計を提供できたのではないだろうか。
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