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スポーツ

スポーツ
著者 織田幹雄、
斎藤正躬
出版社 岩波新書
出版年月 1952年6月
価格 \100
入手場所 平安堂古書市
書評掲載 2014年11月
★★★☆☆

 走力とバネを必要とする跳躍種目は、日本人には向いていないと思われがちだ。
 たしかに、いまや跳躍種目は世界との壁が高々とそびえたち、国際大会でその活躍を聞くことはまれになってしまった。
 だが日本人がオリンピックで初めて金メダルを獲得した競技が、実はこの種目だったことをどれだけの人が知っているだろう。
 そう、その方こそ本書の共著者のひとり・織田幹雄であり、1928年のアムステルダム大会・三段跳での金メダル獲得を皮切りに、3大会連続で同種目でメインポールに日の丸を掲げた端緒となり、まさに日本スポーツ界にとって大きく飛躍した契機をつくった「陸上の神様」だ。

 普段立ち寄る書店で偶然古書市を開催していて、そのストレートなタイトルに目をひかれて手にしたのが本書との出会いだ。
 表紙も中身もかなり変色しているほど古めかしかったが、「陸上の神様」と呼ばれたほどの人物のことを、恥ずかしながらほとんど知らなかったので、飛びつくように手にとってしまった。
 出版された時期は1952年というから、終戦(1945年)から東京オリンピック(1964年)開催に至る復興期のなかばであり、競技活動に集中できるほど恵まれた時代ではなかったことが想像されるのだが、敗戦後だということを忘れさせるほど、文化的な知己に富んでおり、スポーツについて熱く語る文章からは、その本質について考えさせてくれる良書だ。

 著者らは、まず「スポーツ」という言葉を定義する。日本語では「運動」や「体育」と訳されるが、しっくりこない。
 ヨーロッパではチェスもスポーツとみなされており、スポーツの本質は「娯楽」と「社交」である、というのが著者のひとりである斎藤の出した結論だ。
 産業革命によって生まれた余暇を楽しむための貴族の「娯楽」と「社交」こそがスポーツであり、特にイギリスにおいては伝統ある競技会で「肉体労働の経験を持たない者」という出場資格が設けられていたそうだ(P14)。
 厳然とした職業差別であるが、このような階級社会の上層に位置する貴族のたしなみであったからこそ、スポーツマンシップという精神が育まれたのだと、著者は指摘している。
 たしかに、各国のスポーツ文化を眺めてみると、その国民性が映ってくる。
 服装や伝統を頑なに守り、勝敗よりもフェアプレイであることを重んじるイギリス。
 国家がスポーツ選手を育成し、引退後の生活も保障するソ連。
 観衆が祭りにように熱狂し、秩序を失った暴動騒ぎも珍しくない南米。
 勝つためにあらゆるものを動員し、勝敗こそ第一義と考えるアメリカ。
 そして敗北は死をも意味する武道から発展し、上下関係の厳しい教育的な意味合いも強かった日本。
 いま読んでもでもうなずいてしまう特徴的な比較ではないだろうか。

 これらに代表されるように、著者らの国際的な視野の広さと見識の深さが本書の魅力だ。
 欧米諸国を競技会で訪れていただけあって、各国のスポーツ事情に精通し、日本の強みと弱みを的確に突いているのだ。
 戦後は日本の跳躍種目が世界に置いていかれている状況にもかかわらず、現状を嘆くような記述は一切なく、冷静に他国の取り組みを分析し、それぞれの選手に敬意を払っている。
 織田は競技の第一線を退いた後も様々な競技会へ足を運び、数多くの競技関係者との語らいを続けていたそうだが、本書を読んでいるとその人柄が伝わってくるようだ。
 残念ながら1998年に享年93歳で他界されたが、当時の専門誌では写真入りで3ページもの特集記事を掲載し、故人の偉大な業績を称えていた(月刊陸上競技1999年1月号より)。
 ちなみにその専門誌の表紙を飾っていたのは、灼熱のバンコクで驚異的なアジア最高記録を出し、世界の檜舞台へ駆け上がっていった女子マラソンの高橋尚子だった。
 日本陸上界にオリンピック初の金メダルをもたらした方の訃報と、その後2000年のシドニー大会で女子陸上競技種目で初の金メダルを獲得した若人の鮮烈なデビューが同じ紙上で特集されていたことは、今読み返してみると日本陸上界にとって非常に象徴的な記事だ。

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