著者 |
折山淑美 |
出版社 |
ベースボール・
マガジン社新書 |
出版年月 |
2008年8月 |
価格 |
\760(税別) |
入手場所 |
平安堂書店 |
書評掲載 |
2009年2月 |
評 |
★★★★☆ |
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1967年12月3日。悠久の歴史を有するマラソンにおいて、人類史上初めて2時間10分の壁を破った、オーストラリアのデレク・クレイトン。 そのおよそ10年後の1978年2月5日には、宗茂が、日本人として初めてこの壁を破った。 そして、2001年9月30日には、高橋尚子が女性としては初めて2時間20分を突破したことは、記憶に新しい。 以上の記録は一見すると、国籍も、性別も、時代も異なり、なんの脈絡もないように見えるが、これらの歴史的な記録には、ひとつの共通点がある。 裸足のランナーとして有名な、あのアベベ・ビキラが驚き、アメリカのスーパースター、フランク・ショーターが愛してやまなかった宝物。それが、本書のテーマである「アシックス」のシューズだ。
その歴史は、戦後の混乱期に「青少年の育成に貢献する仕事をしたい」、「スポーツを通じて社会貢献をしたい 」と起業した、創業社長の鬼塚喜八郎の壮大な夢から始まった。 「人がつくっていないものをつくるのが、うちのポリシー(P74) 」と断言する社長の言葉を地で行くように、タコの吸盤からヒントを得たバスケットボールシューズや、保温性の優れた極地用防寒ブーツなど、「オニツカ」は斬新で、時には採算度外視のアイディアを次々に実現してゆく。
その代表的な試みが、三村仁司が率いる、オーダーメイド専門の「特注部門」の開設だ。 いまや、高橋尚子や野口みずきら、マラソン選手だけでなく、イチロー(野球)のスパイクなども手がける三村は、世界中のアスリートから絶大な信頼を得ている。 当然、さぞやドル箱部門なのかと思いきや、実は「すごい赤字(P51) 」だそうだ。しかし、創業当初からの理念である「いいものをつくる」精神を大切にするからこそ、技術者の魂が宿り、数々のトップアスリートをうならせる「最高品質」のシューズができるのだろう。
それにしても、本書を読んで驚かされるのが、経営者としての鬼塚の、並はずれた2つの才能だ。 それはまず、技術者としての飽くなき探求心だ。鬼塚はシューズの素材や運動力学については、全くの素人だったにも関わらず、マラソンレース中にマメができるメカニズムを研究し、原因がシューズ内にこもる熱によるものであると知るや否や、通気性を良くするための改良策を実用化してしまう。これらのアシックスの挑戦的な試みが、その後の競技力向上に、多大な貢献を果たしていることは、言うまでもないだろう。 そしてもうひとつが、エネルギッシュな営業活動と、マーケティング戦術の妙だ。 鬼塚は、シューズメーカーとしては名も知れない「オニツカ」ブランドを普及させるため、トップアスリートに自社のシューズを身に付けてもらう「頂上作戦」を行う一方で、日本全国の学校の運動部を訪ね、地道に顧問や生徒の信頼を築いてゆく「裾野作戦」で販路を拡大させる方法を採った。 これは当時、世界のトップブランドであった、アディダスやプーマと同じやり方では勝てないと判断したための策だそうだが、いまや、インターハイや国体で目にする、メーカー各社によるテナントブースが成功していることからも、「裾野作戦」の効果の大きさを推し量ることができる。
その後「オニツカ」は、創業者の名を捨て、新たなブランドである「アシックス」を社名とした。この社名の由来にまつわるエピソードは、青少年の育成を願った鬼塚の、創業当初の夢を具現化させたようで、とてもロマンに溢れている。 そういえば、アテネオリンピック女子マラソンで金メダルを獲得した野口みずきは、ゴール後にシューズへキスをした。 本書を読んで、アシックスがなぜこれほどアスリートから愛されるのかが、ちょっぴり分かった気がする。
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