「マラソン解説者」という仕事に、一体どのようなイメージを抱くだろうか?
私は真っ先に著者の名前、表情、そして柔らかな声色を思い浮かべてしまう。
その理由は、テレビに映る競技そのものの解説だけではなく、アスリートの人物像を様々な角度から描写し、マラソンという単調で長時間に渡るスポーツについて、視聴者を飽きさせない魅力を作り上げてくれることにある。
だがその「こまかすぎる」解説が、ときには選手のプライベートな関係まで暴露してしまったり、記録そっちのけで選手のエピソード紹介に時間を費やしてしまったりと、競技と真剣に向き合いたいファンにとっては、眉をひそめざるを得ない迷解説者でもあった。
舌禍をもたらすことも少なくない印象があった著者ではあるが、本書ではそんな失敗も糧に、それでも前向きに前進しようとする姿勢に、プロフェッショナルとしての覚悟が感じられる。
たとえば、選手の知られざる秘密に言及してしまい、レース直後にチーム監督から厳しく叱られた騒動を振り返り、あのときは私も本当に落ち込んでしまって・・・・・・。恋愛にまつわる話はやはり慎重にしなければと大いに反省しました (P78)と、思い出したくない黒歴史も、その後の成長に繋げることができた、と懐かしい思い出として紹介してくれる。
いまでは、NHK朝ドラ「ひよっこ」のナレーションに抜擢されるなど、自然体で快活な印象を与えてくれる著者ではあるが、かつてオリンピックでは期待に応えられず、失意の帰国を余儀なくされたり、引退レースでも故障により完走できなかったり(なんと脚に7箇所もの疲労骨折)と、現役時代は重圧に苦しみ、悲壮感に満ちていたそうだ。
そんな女子マラソン草創期の苦しい経験を、次世代では繰り返させないよう、著者は現役引退後に、「伝える仕事」であるスポーツジャーナリストへの転身を決意した。
マラソン解説者としての初挑戦では、全く言葉が出てこず、ほろ苦いデビュー戦だったものの、その後は一貫して選手に寄り添う姿勢を心掛け、レース前にたっぷり時間をかけて取材をすることで、選手や監督との信頼関係を築いていく。
そして1993年・シュツットガルト世界選手権では、女子マラソン金メダルを獲得した浅利純子にあやかり、増田明美さんの解説も金メダル (P36)と著名な文化人らからも絶賛された。
いまや「マラソン解説者=増田明美」と言われるまでに評される著者ではあるが、本書によると、東京オリンピックを最後に、この仕事に一区切りつけることにしたという。
その理由は、マラソン解説も、私が長くやっているとどん詰まってしまいます。後に続く人たちにバトンタッチ、どんどん活躍してほしいと思います。だから、オリンピックや世界陸上などの大舞台を離れることを決めました。 (P216)と、後輩の成長を願うコメントで締めているのは、常に次世代の活躍を祈ってやまない著者らしい引き際だ。
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