新聞を読んでいると、「え?」と驚かされる事件を知らされることが少なくない。
たとえば、女子マラソンで将来を嘱望され、世界選手権でも入賞経験があるランナーが、たび重なる万引きにより逮捕され、記者会見まで行った出来事は、社会面で大きく取り上げられ、今も私の脳裏に焼き付いている。
かつて日本のエースと称された原裕美子は、その半生を振り返った自著を出版したことで、事件前後の不安定な心境を吐露してくれたが、一般的には新聞は事件そのものや、関係者の「今」しか報道対象としていない。
本書は、当時話題になった当事者の「その後」を丹念に追った、読売新聞の連載企画「あれから」を書籍化した作品。
この企画は2020年2月に始まり、現在も連載が続いている人気企画だそうだが、そこから22本を本書にほぼそのまま (P6)掲載している。
その編成方針は、表層的な「あの人は今」で終わらせることなく、かつ徹底的に人選にこだわったことで、取材期間は短くても3か月、長い場合は1年近くを要したという。
その厳選された人物とは、あの松井秀喜に甲子園で5打席連続敬遠を放ち、日本中を敵に回した相手ピッチャーだったり、プロレス界のスター・三沢光晴に「最後」のバックドロップを放ったプロレスラーだったり、はたまた「王子様」を改名した青年だったり、多摩川の珍客アザラシ「タマちゃん」を見守る会だったりと、硬軟織り交ぜた興味深いテーマばかりだ。
もちろんマラソンファンの私にとっては、前述した原裕美子の記事が読みたかったのだが、既知のストーリーより、初めて知るエピソードの方が、より興味深い。
近年は、インターネットによって配信されるニュースを断片的につまみ食いするだけで、世間の動きを知った気になっていたが、本書のように、当事者や彼らを知る関係者、そして当時の時代背景を複層的にたどることで、それぞれの事件が、その後の人生に及ぼす影響の大きさを教えてくれる。
就職氷河期限定採用に400倍もの倍率をくぐり採用された合格者にとって、大切なのはその後の仕事ぶりだ。
かたや、聴覚を失った稀代の作曲家が、偽りのストーリーだったことを暴露した「ゴーストライター」にとっては、自らの名前で行う作曲活動にこそ、真価が問われる。
そんな人生の葛藤をテーマにした記事に加えて、本書には読者の心をえぐるような悲しい事件も紹介してくれるが、一方で、アメリカニューヨークでの「9.11」で九死に一生を得た元銀行員の言葉は、読者を勇気づけてくれる。
あの凄惨な現場で、幸運にも自分は命をつなぐことができた。そこから振り返らず、仕事に邁進し、経験や教訓を人に伝えてきた。「亡くなった人たちに失礼のないように、自分なりに真っ当に生きる」。それが生き残った人間の責任だと思う (P164)と語る一言には、前を向いて生きようとする覚悟がにじんでいる。
生きることは、時には死よりも残酷なこともある。
本書を読み、思いがけず生きることの意味について、真剣に考えさせられてしまった。
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