あ、つながらない。
昨年の東京オリンピックでは、期待された男子四継(4x100mリレー)決勝で、1走から2走へのバトンがつながらず、日本チームが途中棄権に沈んだ一方で、間隙を縫ってフィニッシュラインを先頭で駆け抜けたのが、ノーマークのイタリアチームだったことにも驚かされた。
のちにNHKで報道された分析によると、イタリアは日本のバトンリレーを研究し、上り調子だった2走・ジェイコブスから3走への間隔を、予選に対して150cmも伸ばすという、超攻撃的な戦略を実践したという(2021/12/22 「BS1スペシャル 陸上短距離革命 イタリア 金メダルの秘密を探る」より)。
前回大会で日本は歴史を変えた魂のバトンパス (Number 2016/9/9 特別増刊号 Rio 2016)と、その攻めのバトンワークが絶賛され銀メダルを獲得したが、両レースを対比させるにつけ、四継がいかにリスクを伴うスリリングな競技であるかを、改めて知らされた思いだ。
高校生が主役の本書でも、バトンリレーがストーリーに大きな影響を与える要素になっている。
例年であれば4人のメンバーを揃えられない離島の小さな陸上部に、ひょんなことから本土の有力校から転校生が入り、四継出場の望みに現実味が帯びてきた。
個人種目では、とても地方予選を突破できない弱小チームだが、僕の見込みでは、バトンが最高に上手くいけば、都大会を抜けて関東までは狙えるはずです (P18)と発破をかける顧問教諭に対し、当の本人たちは、誰もその可能性を信じようとしない。
そう、彼らは仲が悪いのだ。
いや、仲が悪いというのは少々ニュアンスが異なるのかもしれないが、どうもぎくしゃくした関係があり、バトン練習もおざなりだ。
それぞれに知られたくない事情を抱え、各々の立場から一人称で語らせる本書は、思春期の心の起伏を際立たせる上手い構成だ。
自己中心的だった彼らが、徐々に他者の心情に寄り添うように心を開くようになり、バトンの渡し方や、飛び出すタイミングに磨きをかけていく。
専門的な用語も自然とセリフのなかに溶け込ませ、陸上競技に携わっている関係者でなくても四継の魅力が伝わってくる。
とりわけ、400m走での「ケツワレ」現象を科学的に、かつ感情的に登場人物に語らせるシーンは、著者の表現力の高さに驚くとともに、競技の特性について深く調べていることが伝わってくる。
高校生の四継をテーマにした小説といえば、「一瞬の風になれ (佐藤多佳子著)」が名作だったため、その二番煎じだろうと想像していたが、ワクワク感では後塵を拝すものの、分かりやすい構成と美しいエンディングで締められる本書は、清々しい青春時代の1ページを、見事に切り取っている。
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