「サッカーは好きだ。でも兄貴のような才能なんてオレにはない。」 高校入学後、友人に誘われるがままに陸上部に入部した神谷新二と、中ニで全国大会入賞の実績を持つ天才スプリンターの一ノ瀬連。 ごくごく普通の公立高校に入学した、彼らと陸上部員との3年間を追った長編で、親友の連を目標に、大会を通じて精神的にもどんどん成長していく新二たちを、とても繊細に描いている。
陸上素人だという著者は、本書の取材のために4年間も高校生を追いつづけたというが、よくぞここまで彼らの素直な感情や緊張感、そして臨場感を小説に表現できたものだと驚かされる。 入部したての頃は周囲が見えずに、何度も失敗を経験し、上級生になれば新入生の指導にも試行錯誤していく。ケンカもあれば恋愛もあるし、有名人はバンバンと実名で登場する。
一人称で描かれた主人公が駆け抜ける3年間の軌跡を眺めていると、ふと自分もあの頃に戻ったような不思議な感覚にとらわれてしまい、新二や連が成長していく様子を見ていると、なんだか自分まで成長したような気分になってくる。 わずか十数秒に凝縮されたスプリント競技に賭け、ほんの一瞬のバトンパスのために眠れない夜を過ごす彼らを思い浮かべると、とても胸が熱くなってしまう。
舞台として、スプリント系個人種目と、リレー競技をミックスさせた設定も絶妙で、彼らの「強くなりたい」という一途な思いと、仲間との研鑚を通じて本当にどんどん強くなってしまうところが痛快だ。 全三分冊の長編小説だが、口語体でスラスラ読めてしまい、感情移入しながら一気に完読してしまう。
しかし、惜しむらくはエンディングが締まらないこと。 こんなにワクワクドキドキさせられながら、次々と続きを買っていったのに、4巻以降があるかのような、やや中途半端な印象がある。 だからこそ、勝手にエピローグを想像してしまう楽しみが残るのだが、ちょっとだけ拍子抜けしてしまう点だけが残念。
※ 2007年「本屋大賞」、「吉川栄治文学新人賞」受賞作品。2009年7月に文庫化。 |