高校2年生が5,000m走で14分08秒。
加納碧季のそれまでの自己ベストは15分11秒だというから、1周足りないのではないかと疑ってしまいそうになる飛躍的記録だ。しかも5月というシーズン初めに、気温25度の気象条件のもとだというから、現実世界の陸上競技関係者であればこの時点で白々しい空気を感じてしまう。
むろん、この怪記録には小説内の登場人物も驚きを隠せない。
ケガで400mハードルの選手をあきらめたチームメイトの久藤信哉は、わがことのように喜んでいる。
情報収集が得意だという設定ながら、5,000mを高校一年生にして13分42秒で走った三堂貢を知らなかったマネジャーの前藤杏子も感動している。
事故で亡くなった叔父夫婦の娘を引き取り、妹のように可愛がっている6歳の従姉妹・杏樹も、離婚して女手ひとつで碧季らを育てている母親と、スタンドで胸をなでおろしている。
え、もっと簡単に説明できないのかって?
気持ちはわかるのだが、イライラせずに聞いて頂きたい。本書のあらすじを一言で紹介することは非常に難しいのだ。
まず、難解な人名には仮名を振らなければ読めないし、杏子と杏樹はまぎらわしい。
では人名には目をつむるとしても、もっと人物関係はシンプルに紹介できないのかって?
いや、これでも十分にシンプルにしたつもりなのだ。
正確には加納家の家族関係はもっと複雑で、母親は杏樹にDV(家庭内暴力)を行っていた過去があるし、マネジャーの杏子は29歳の陸上部監督・箕月衛に恋心を抱いていたりするのだが、本書のストーリーにはほとんど影響を与えていないために上記の説明からは割愛したくらいなのだ。
そうかと言って、ストーリーに影響を与えない話題を全て割愛してしまうと、残念ながら本書には何も残らない。
そう感じさせるほど、脇役の人物設定は無駄に複雑で、何のために登場させているのかさっぱり分からない。
そもそも本書のテーマは何なのだろう?
ライバルと切磋琢磨しながら記録を狙う高校生のスポーツ小説だろうか?
家族とのきずなの大切さを問うヒューマンドラマだろうか?
それとも、高校生と教師との禁断の恋を描いた恋愛劇だろうか?
うーむ、それら全てが当てはまるようで、しかし決して主たるテーマではない。
そう、全てがバラバラで、全てが中途半端なのだ。
また、前作(ランナー )同様に登場人物の語る言葉は哲学的であり、6歳の杏樹に「歯痒い」や「眼球の裏側が熱くなる」などという高尚な感情表現を一人称で語らせる姿からは、愛くるしさのかけらも感じることができない。
その一方で、走る爽快感やライバルとの駆け引き、そして全力を尽くしながらも引き離される苦しみなどは全く描かれておらず、感情が「スパイク」する場面には一切遭遇させてもらえない。
たしかに長距離ランナーには精神的苦痛を乗り越える強さが求められるのかもしれないが、これほど読者に苦痛を与えなくてもよいのではないだろうか。
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