著者 |
あさのあつこ |
出版社 |
幻冬舎 |
出版年月 |
2007年6月 |
価格 |
\1,400(税別) |
入手場所 |
蔦屋書店 |
書評掲載 |
2007年7月 |
評 |
★★☆☆☆ |
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鈴木成一さんの爽やかな装丁に、ストレートなタイトル。そして、数々の青春スポーツ小説を描いてきた作家による作品とあって、期待に胸を膨らませながら、思わず衝動買いしてしまった。
しかし、ページを開いてからわずかに数ページで、なにか変・・・と感じてしまう。
陸上部を舞台にした高校生が主人公とあれば、「一瞬の風になれ」の二番煎じかとも思ったけれど、走ることなどどうでもいいような、いやむしろなぜこのタイトルにしたのかすら疑問に感じるほど、当初の印象とのギャップに悩まされる。 かといって、期待していた陸上競技にかかわる部分を抜きにして、純粋に小説として楽しめる内容でもなく、率直に言って「すごくつまらない」。
高校生とは到底思えないような大人びた話しぶりに、哲学者のような思慮深き思想と、周囲のわずかな空気の変化をも敏感に感じ取り、それを言葉にできる聡明さ。 主人公がインテリである様子は十二分に伝わってくるが、日常会話では決して使われることのないような難解な言葉が次々に飛び出し、背伸びをしすぎている印象は否めない。
たとえば、主人公である碧季(あおい)は、走っているときにこう感じている。 「碧季は、身体を取り巻く全てが遊離し周りに吸い込まれていく感覚に自身を委ねる。無ではない。何かがある。自分という小さな核は、摩耗することも砕けることもなく確かに在るのだ。桜の花びらが散るように、核に纏いついていた諸々のものが落ちていく。どんなに愛しい者のことも、深い苦悩も、胸震える喜びも剥がれ、漂い、消えていく。 (中略)。走るとはそういうことだった (P144)。」
明るいイメージの表紙とは正反対で、高校生らしい瑞々しさや愛くるしさなど微塵も感じず、これではまるで、悟りを開こうとする修行僧のようだ。 だから読んでいて楽しくないし、むしろ息詰まった苦しさすら感じてきてしまう。また、登場人物は少ない割に、人間関係が複雑で理解しづらい。 本書の醍醐味を味わえる読者は、おそらく相当堅めの本に慣れている人で、そう多くはないだろう(少なくとも、私には不向き・・・)。 帯を踊る「青春小説」とは名ばかりで、走ることへの情熱も、友情や恋愛も、全てが中途半端のように感じます。
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