東京オリンピック・マラソン代表の円谷と聞けば、誰もがあの円谷幸吉を思い出すことだろう。
しかし本書の主人公「円谷ひとみ」は女性。しかも、1964年ではなく2020年の東京オリンピック女子マラソンでの日本代表選手という設定だ。
同じ姓をもつがゆえに、郷土が誇る偉大なマラソンランナーにあこがれ、強い興味を抱いていた「ひとみ」は、なんと時空を超えてタイムスリップし、円谷幸吉に巡りあってしまう。
まことに不思議なストーリーなのだが、著者は円谷幸吉についてとても深く調べているようで、実際に故人の親族や、東京オリンピックで競ったハンガリーのシュトー・ヨーゼフを訪ねるなど、幸吉がどのような人物であったのかを丁寧に探っている様子が伺える。
もちろんその成果は本書にいかんなく表現されている。
これまで円谷幸吉のイメージと言えば、ひたすら「まじめ」という人物だったが、著者が様々な関係者から話を聞いたところによると、かなり異なる性格が浮かび上がってきたという。
著者は登場人物を通じて、これまでの幸吉に関する人物像は有名なノンフィクション作家が書いたルポ「長距離ランナーの遺書」 (P131)によって作られた架空のイメージではないか、と語らせている。
具体的には、無邪気な姿を映した写真が数多く残されているにもかかわらず、「笑顔」の幸吉が、このルポからは抹殺されている (P134)ことや、「自主性のなさ」「融通の利かなさ」「暗さ」を強調するエピソードが列挙されていることを指摘し、暗にこの「有名なノンフィクション作家」の記述に疑問を呈している。
たしかに、幸吉について書かれた代表的な書籍として挙げられるのは、決まって「長距離ランナーの遺書」であることから、故人の人物像がこのルポによって作られた虚像だったのかもしれない、と気づかせてくれた点で、本書は価値ある作品だと言える。
だが、小説として面白かったかどうかと聞かれると、残念ながら答えに窮してしまう。
実在の人物を取り上げてはいるものの、タイムスリップという現実離れしたファンタジーからは臨場感が感じられず、そもそもなぜふたりが時空を超えてまで出会う必要があったかの動機が弱く、感情移入が難しい。
また中途半端に東日本大震災や原発による被害を描いているものの、ストーリーの線として結ばれておらず、幸吉の出身地が福島だから、という理由で無理やり詰め込んだ印象が否めない。
せっかく丁寧に取材を重ねたのならば、上述のルポに対抗するノンフィクションとして出版してくれれば、円谷幸吉の功績が見直される契機ともなったのではないだろうか。
参考書籍:本書に登場する「長距離ランナーの遺書」を収録した「敗れざる者たち」
|