今でこそ全国高校駅伝や箱根駅伝が注目され、様々なメディアを通じて、長距離選手の日常生活が身近になっている。 しかし、かつての長距離走競技といえば、苦しいだけの、孤独で単調な競技の代名詞だった。 それだけに、長距離走を題材とした文学作品といえば、「長距離走者の孤独」や「炎のランナー」のような、哲学的で内省的な内容が思い浮かばれる。
むろん、いまどきの青少年を対象にしたコミックの題材になる例はめったに見られず、スポーツマンガといえば、野球やサッカーといった、熱い友情に支えられた、チームスポーツを題材にした内容が圧倒的な人気を誇っていたことは、言うまでもないだろう。 だが、そんな常識を一変させたのが、青年コミック誌「ビッグコミックスピリッツ(小学館)」で連載された「奈緒子」だった。
「奈緒子」は、走りの天才児「壱岐雄介」が、陸上競技、特に駅伝を通して成長する姿を描いた長寿作品で、10年近くも連載された同誌の看板作品だった。
これは他のスポーツマンガと比べても、全くそん色のない人気作品といえ、単調になりがちな長距離走を題材にした作品であることを考えると、群を抜く高度なシナリオだったと言えるだろう。 「奈緒子」の特筆すべき点は、言葉に発せられない、細かな身体感覚の描写であり、普段は口数の少ない長距離走者の内省的な動きを描いた、他には見られない個性的な描写であったことだ。
その点について、身体・コミュニケーション論を専門とする斎藤孝(明治大教授)は、著書のなかで走っている当人のからだの内側からしか感じることができないような感覚が、おもしろく描かれている と絶賛し、スポーツマンガの代表的な作品として紹介している(「スポーツマンガの身体」 文春新書より)。
そしてこの人気作品は、連載終了後まもなく実写映画化された(主演:三浦春馬、上野樹里)。 本書は、その映画のノベライズ版であり、連載が長期にわたった原作のなかから、最も象徴的なシーンをかいつまんで描いている。
それは、雄介と奈緒子の衝撃的な出会いから、高校駅伝の県予選までの、最も多感な時期であり、互いに想いを寄せつつも言葉には出せない純愛感を、ストーリーのなかにうまく溶け込ませている。
私も映画版を拝見したが、これだけの長寿作品のなかから、テーマをコンパクトに絞った点でおもしろかった。
それだけに、平坦な地点を単独走行中の走者が、突然激しく転倒するといった、あまりに不自然な展開が生じるなど、浅はかなイベントが生じていることはとても残念で、本書の魅力をスポイルさせてしまっていることは否めない。
また、せっかくのノベライズ版なのだから、映画で俳優が見せていた表情の裏側など、身体描写をより豊かにしてもらえば、もっと有意義だったのだが、本書は映画のセリフをそのまま文書化させてしまったような、安っぽい作りに感じられたのが残念だ。
※ 参考書籍:オリジナル版(コミック)「奈緒子」
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