日本海に面した富山湾から、日本アルプス(北・中央・南)を経て太平洋側の駿河湾までを駆け抜ける壮大なレース・Trans Japan Alps
Race (TJAR)。
走行距離はおよそ415kmとフルマラソンの10倍という距離もさることながら、累積標高差27,000m(富士登山7回分に相当!)を、わずか8日間の制限時間でたどり着かなければならないという。
急激な天候変化に見舞われるにも関わらず、睡眠は露営で山小屋での宿泊はご法度。もちろん他者の助力も得てはならない。
ひとつでも順位を上げるために睡眠時間を削り、思考や判断力が落ちる極限状態のなかで、幻覚や幻聴を経験する者も少なくないという。
家族との時間を断ちトレーニングに励み、会社を休んで挑む者たち。生活のすべてをかけ、命を落とす危険すらあるレースにはしかし、賞金や賞品は一切ない。
2012年10月に放送されたNHKスペシャルで初めてこのレースを知り、思わず言葉を失った。
その過酷なレース自体に興味を持ったことは確かなのだが、それ以上に知りたくなったのが、なぜ彼らはそこまでして挑み続けるのか、という点だ。
本書は2012年大会を取材した番組書籍版の続編で、レースの行方に重点を置いていた前作に比べ、より出場者に寄り添いながら「なぜ」の答えを探ろうとしているようだ。それは、年齢や職歴、家族構成に至るプロフィールを丁寧に紹介することはもちろん、表面的ではない真の出場動機をあぶりだそうとする様子が伝わってくる。
あいにく今回のテレビ放送版(2018/10/27 NHK BSプレミアム)は見逃してしまったのだが、ブルーレイが発売されていると知り、本書を読む前に映像版を視聴してみた。
主役は5連覇の期待がかかる望月将悟で、事前取材や当日の撮影時間も圧倒的に占められている。
しかも今回はレース中に食糧補給をせずに完走するという挑戦を宣言し、荷物の重量も通常の3倍というハンディを自らに課した。
前人未到の挑戦もさることながら、「絶対王者」である彼を中心とした構成を考えていた製作スタッフの奮闘ぶりも興味深い。
番組が成立するのか (P26)と危惧しながら、順位争いは混沌とするだろうと覚悟し、彼以外の登場人物にも取材対象を広げ、そして深めていく。
出場選手のなかには、エリートサラリーマンや弁護士、医師など、なぜ生死にかかわるレースに出る必要があるのだろうという者や、若いころに自分探しの世界一周を経て職を転々としていた者など、決して一様ではないバックグラウンドを持っている。
不仲の妻とゴール後にハグしたい、と真顔で語り、クスッと笑ってしまいそうな動機で出場を決意した者もいる。
取材チームはこのレースの魅力を順位争いという点に絞らず、過酷な環境のなかでふと出る「人生の本音」の言葉が聞きたいです。このタイミングだ!と思ったら語りかけてみてください (P227)と、選手との密着取材を通じて冒頭の「なぜ」に迫ろうとする。
そんな意味では、選手がボロボロになりながらゴールを目指す姿にも心打たれるが、それを追う取材クルーの逞しさと粘り強さにも称賛を送りたくなる。
映像版ではそのような自画自賛シーンなど当然放送されないが、本書はクルーの奮闘ぶりも余すことなく紹介し、山の中を走る選手たちを撮影しようとすると、前から、後ろから、時には横から追う必要がある。また、時として選手たちより遅く寝て、早く起きないと、よいシーンを撮り逃してしまう可能性もある。そのためにも選手と同等、もしくはそれ以上の力を持つ人間でないと、アスリートカメラマンは務まらない (P53)と、精鋭部隊を準備したことを誇らしげに紹介している。
レース出場者はわずか30名だが、本書はひとつの山岳レースという舞台だけではなく、それを支える家族や、取材チームを含め、人生とは? 仕事とは? 家族とは? そして夢とは何かについて考えさせる、壮大なテーマを含んだ作品だ。
参考書籍:激走!日本アルプス大縦断 密着、トランスジャパンアルプスレース富山〜静岡415km |