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箱根奪取 東海大・スピード世代 結実のとき

箱根奪取
著者
出版社 集英社
出版年月 2019年10月
価格 1,300円
入手場所 楽天ブックス
書評掲載 2019年10月
★★★★☆

 昨日行われた箱根駅伝予選会では、東京国際大学がトップ通過した一方で、1990年代に優勝3回を誇った山梨学院大学が敗れた。
 かつては古田哲弘ら5,000m・13分台のスピードランナーを擁し、一時代を築いたチームが力を失い、山梨学院を倣ったかのように強化を始めたチームが予選会を突破したことは、群雄割拠の大学駅伝を象徴するかのような厳しい現実だ。
 そういえば、今年(2019年)の箱根駅伝では東海大学が悲願の初優勝を果たしたのだが、スピードランナーが集うチームといえば、いまやこの大学を置いて語ることができない。

 著者は3年前に「黄金世代」とも称される超高校級ランナーを軒並み獲得した東海大学に興味を持ち、長らく取材を重ねているフリージャーナリストで、監督・コーチ・選手らの育った環境や性格まで細かく調べ、箱根という大舞台で輝いた2018年シーズンを、まるでチームマネージャーの日誌であるかのように、時系列を追いながら表現力たっぷりに描いている。
 その過程は前著「箱根0区を駆ける者たちによると、黄金世代がどう成長していくのかも含めて、東海大を追ってみたいと思い、両角監督に話をしに行った。最初は、あまりいい返事をもらえなかった。何度か足を運び、2017年春、秦野中央運動公園での練習の時に会いに行って話をし、ようやく了承をいただいた(同・P10)という熱の入れようだ。

 前著のテーマは、優勝候補の一角に挙げられながら往路9位・総合5位に沈んだ悪夢の2018年大会とその後について、黄金世代の陰に隠れてレギュラーの座を獲得できなかった者たちを中心に描いていた。
 前著出版直後に同大は初めての箱根駅伝総合優勝を果たし、そこから連覇に挑む今年度を追った作品が本書だ。
 従って、大学駅伝でいま最も注目を集めるチームを3年近く追い続けているわけで、マスコミを通じて報道される輝かしい姿だけではなく、関係者の知られざる苦悩やチームの危機的状況もグイグイ掘り下げていて、リアルタイムで同大に対する理解が深まるルポだ。
 とりわけ、両角速監督と西出仁明コーチの練習方針の違いや、監督と選手との間のコミュニケーション不足を起因とし、チームが崩壊寸前に至る場面は切迫感が伝わり、臨場感にあふれている。

 きっかけは、出雲駅伝連覇を狙おうとする直前期にも関わらず、ハードな練習が減らず、疲弊したまま臨んだレースで敗れた直後のことだった。
 それまで外に出ることなく、グツグツと充満していた不信のマグマが3、4年生の一部から噴き出し始めた(P84)。
 危機的な雰囲気を感じた4年生の三上が、捨て石になる覚悟で(P86)両角へ直談判するのだが、一蹴されるかと思いきや、両角は真剣に耳を傾けてくれた。
 これまで学生からは「融通の利かない頑固者」というイメージだった(P97)と思われていた両角はしかし、何か問題があれば、まず選手自身が動くべきだ(P92)と考えていた。
 それだけに、三上の行動は西出をして『やっと来たか』という感じでしたね(P95)と評す分水嶺になったようだ。
 その後はコーチ陣と学生のコミュニケーションが円滑に進み、それによって学生たちの自主的な行動が促進されただけではなく、両角自身にも変化が見られるようになった。
 学生から見れば監督はそれまでは雲の上の存在だったんですが、話し合いをしてから自分たちのところに下りてきてくれた(P102)と三上が笑顔で語れば、選手が本当に勝ちたい、真剣に変わろうとしている。私も彼らの思いにしっかりと向き合い、応えていかないといけないなっていうのはありましたね(P103)と、学生の行動に触発されて変化を余儀なくされている正直な気持ちを、両角はうれしそうに著者に伝えている。
 なるほど強い選手を集めただけでは箱根で勝つことはできない。そんなチームのマネジメントという観点からも学ばされる点が多い作品だ。

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