陸上長距離競技に携わる関係者にとって、箱根駅伝を走ることは競技人生の大きな目標になっていることは言うまでもないだろう。
だが一部の才能あふれるアスリートを除く大多数の学生ランナーが、その夢を叶えることなく卒業を迎えていく。
彼らはどのような気持ちで競技に取り組み、厳しい選考会に挑み、そしてメンバー発表の日を迎えたのだろう。
本書は近年学生長距離界で旋風を巻き起こしている東海大学を舞台に、普段は注目されない彼らやマネージャーの視点から、同大会を巡る熾烈な世界を描いた異質なルポだ。
同チームの2017年度シーズンは14名もの4年生が在籍していたものの、箱根エントリー16名に選ばれたのは、わずかに3名。
著者は彼らの多くが誰にも名を知られず、静かに競技生活を終えていくのだが、どういう思いで学生最後の1年間を過ごしていくのか。それが名の知れぬ4年生を追いかけるキッカケになった (P11)と冒頭で本書執筆の経緯について語っている。
そんな大多数の4年生を著者はひとりひとり丹念に描いているが、共通点があまりに多いことに驚かされる。
彼らの多くが箱根を走りたくて東海大学に入学したものの、タイムが伸び悩んだり故障に悩まされたりと最初の2年間は芽が出なかった。3年生になると「黄金世代」と呼ばれる有力新入生が続々加入し、目の色を変えて競技に取り組み始めたが、選考会に間に合わせられず、最後の箱根駅伝をサポーターとして迎える。
なぜ自分は本気で取り組んでこなかったのだろう?
ある者は選考会前に故障し号泣し、ある者はやる気をなくして逃げ出してしまう。成人を迎えたばかりの若者にとって、家族や知人の期待を背負って過ごした四年間が、どれだけ重いものだったかを伝えてくれるエピソードが本書の随所に描かれている。
そして本書のテーマをより広げてくれるのが、監督・両角速の競技哲学と、前作(駅伝王者青学・光と影)の取材対象だった青山学院との対比だ。
両角は人間的成長なくして競技力の向上なし (P235)というポリシーを持ち、箱根は勝負ですが、教育なんですよ。そこはハッキリしています。もちろん箱根にチャレンジする限り目標は優勝です。でも、目的は違います。東海大は勝利至上主義ではなく、たとえ勝てなくてもいい人材、いい学生を育てて世に送り出すという人材育成が目的なんです (P215)と、部活は教育の一環であるという考え方が一貫している。
その点について著者は、青学大が箱根駅伝に勝つために高度にカリキュラム化されたメソッドで選手を育成し、勝てるチームを形成する「箱根駅伝部」であるのに対して、東海大は卒業後にプロや実業団で走る選手を育成する高度な競技力を磨く「陸上部」だ (P213)とそのスタンスの違いを対比させている。
だが教育の一環としての考え方に拘泥するあまり、なんとなく走れそうだから起用するといった勘に頼った方法を避け、調子は悪いが自己記録が良い選手を選んでしまい、期待された2018年箱根駅伝では失速選手が続出した。
そのジレンマにチームスタッフも気づいているようだが、果たして今シーズンはコンディショニングという課題を克服してくれるだろうか? いかん、駅伝観戦にもうひとつ新たな楽しみ方が加わってしまい、ますます目が離せなくなってしまいそうだ。
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