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アスリートは歳を取るほど強くなる
パフォーマンスのピークに関する最新科学

アスリートは歳を取るほど強くなる
著者
訳者 船越隆子
出版社 草思社
出版年月 2019年9月
価格 2,000円
入手場所 市立図書館
書評掲載 2020年7月
★★★★☆

 2018年9月のベルリンマラソンで2時間1分台の世界記録を樹立したエリウド・キプチョゲ(ケニア)は、当時33歳を迎えていた。
 記録そのものも驚異的だが、この年齢で高速レースを制したことに、さらなる驚きを感じた。
 年齢を感じさせないアスリートの増加は、プロランナーだけの話ではない。
 たとえば私の地元では、数々のアマチュアミドルランナーが、トラックで実業団顔負けの記録を叩き出したり、マスターズで活躍したりしていることが全国的にも驚きをもって報道されるようになった(文春オンライン 2018/11/26「最近、なぜか長野の「おっさんランナー」が速すぎる」
 加齢はスポーツパフォーマンスにどのような影響を及ぼしているのだろうか? 本書はそんな疑問に対し、トレーニング、回復(リカバリー)法や栄養学に至る最先端のトレンドを紹介してくれながら、遺伝子や生化学といったミクロの世界まで、様々な角度からその答えを探ろうとしてくれる。

 一般的に、人間は20代で体力のピークを迎え、徐々に低下していくことが知られている。
 だがここ数年、スポーツ界のどこを見ても、ほんの30年ほど前なら明らかにもう歳だと思われたような選手が試合に出て、しかも勝ったりしている(P24)。
 それは感覚的な印象だけではない。著者によると、1982年から2015年の間に、NBAで35歳以上の選手は2人から32人に飛躍的に増えた。NHLでは、同期間に4人から50人になっている。NFLでは、14人から38人に(後略)(P26)。と枚挙にいとまがない。
 本書は、これまで常識と思われていた世界に、次々と疑問を投げかけ、その道の第一人者から話を聞きながら、加齢とパフォーマンスの関係について真実を伝えてくれる。

 たとえば、継続的なランニングは膝の軟骨を擦り減らせるのではないかと考えられていた。けれどもここ数年の研究で、それとは正反対のものをよしとする証拠が次々に示されてきたのだ。軟骨に一定のパターンで繰り返し力を加えると軟骨細胞が刺激され、軟骨の形成が促進されることがわかってきた(P58)そうで、ランニングもそうした「サイクル負荷」に適した運動だという。
 つまり、これまで人間の体は、機械と同様に金属疲労や摩耗すると思われていたのだが、そんな心配は不要だということだ。
 むしろ、様々な経験を積むことで精神面や感情面での熟達が進み、精神力が要求される競技においてプラスになる、と著者は考えている。
 では、早熟で短命のアスリートと、高齢でも活躍するアスリートの違いはどこにあるのだろうか?
 著者は様々な科学的アプローチによってアスリートの身体的、精神的強さの秘密を暴こうとするが、「スポーツを心から楽しめるかどうか」、つまり内因性動機づけこそが、長期に渡って安定したパフォーマンスを発揮する大切な要素だと述べている(P231)。
 言い換えれば、身体の動きをつかさどる機能は「脳」にこそある、ということだ。

 本書の第4章では、「脳をだましてトレーニングの効率化を図る」として、日本生まれの加圧トレーニングや、脳を直接刺激するtDCS(経頭蓋直流電気刺激法)の効果も紹介しているが、一方で最新トレーニングに頼らなくても、アスリートは歳を取るにつれて不快な感情に見舞われることが少なくなり、しかも不快さの度合いも軽度になる(P246)という傾向は、パフォーマンスが身体的特性だけでは定義できないことを教えてくれる。
 そういえば前述のキプチョゲは、世界記録を樹立した同レースで、ペースメーカーが早々に離脱してしまう不運に見舞われながらも、怒ってもペースメーカーは戻ってはこない。(中略)メンタルの部分ではこのような状況に備えていたので、冷静に気持ちが折れるようなこともなく、走りに集中。かえって闘志が湧いてきました月刊陸上競技2018年11月号 P91)とベテランならではの対応で快挙を成し遂げた。
 本書は400ページに迫るボリュームで、完読するには覚悟を要する専門書ではあるが、肉体と精神のバランスについて科学的に解明しようとする意欲作で、不惑を迎えた我々に対して、スポーツを見ること、することをますます楽しみにさせてくれる一冊だ。

関連書籍:持久系スポーツと脳の関係を科学的に探究した「限界は何が決めるのか?

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