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トレイルランナー ヤマケンは笑う
−僕が170kmの過酷な山道を"笑顔"で走る理由−

トレイルランナーヤマケンは笑う
著者
出版社 カンゼン
出版年月 2015年7月
価格 \1,500(税別)
入手場所 ブックオフ
書評掲載 2017年11月
★★★☆☆

 トレイルランニングがにわかに注目を集めている。
 ランニング人気の向上に伴い、ロードレースには飽き足らないランナーが、より刺激的で過酷な環境を求め、山岳レースに挑んでいる。
 しかもその距離たるや、50km、100km、いや100マイルと留まるところを知らない。フルマラソンを完走することすら過酷なのに、その何倍もの距離を、しかも登山家が何日もかけて登頂する山岳地帯がレースの舞台というから驚きだ。

 私も学生時代にトレーニングの一環としてアップダウンの激しい自然の丘陵を走ることがあったが、そのようなランニングはクロスカントリーと呼ばれ、「トレイルランニング」という山岳走が一般的になったのは最近のことではないかと思う。
 もちろん、私が定期的に購読している陸上競技専門誌に取り上げられることもないため、個人的にはあまり関心がなかったのだが、数年前にNHKスペシャルで放映していた「激走!日本アルプス大縦断」を見て、その壮大すぎる舞台と過酷な環境に度肝を抜かれた。
 しかもトレイルランナーのなかにはプロとして国内外のレースに出場しているランナーも少なくないという。

 国内外の主要レースはそんなプロ選手が上位を占めるなかにあって、著者は現役の学校教員で、大学時代はスキーのモーグルで全日本クラスの選手だったという、異色の経歴の持ち主だ。
 高校時代は山岳部で鍛えたとはいえ、陸上競技経験はない。そんなランニング初心者がトレイルランに魅せられ、伝統ある長谷川恒男カップ(通称ハセツネ)出場四年目にして優勝を果たし、いまや海外の100マイルクラスのトレイルレースにも毎年出場し、常に上位に入賞するほどの実力者だ。
 アマチュアでありながら第一線級で活躍するからには、さぞやストイックな生活を送っているのかと思いきや、家族との時間を大切にし、部活動での生徒の指導にも余念がない。
 しかも決してレースの順位にこだわっているわけでもなく、ひざの半月板損傷というけがを乗り越えたうえで完走すら目標ではない(P116)、結果はご褒美。お菓子についてくるおまけのようなもので、あったらうれしいけれどもなくたってかまわない(P117)と笑顔で語る姿は、アスリートというよりは、むしろトレイルランこそ生きがいと呼ぶにふさわしいようだ。

 そうは言っても、著者を支える「チームヤマケン」の言葉を借りればやっぱり表彰台の真ん中に立ちたいとも思っているみたいです。やるからには1番になりたいと(P168)との評で、ちらりとプロのようなアスリート生活に羨ましさを感じる一面を見せるものの、トレイルランニングは、最高の趣味なのだ。家庭や仕事を犠牲にして、自分を追い込んでプレッシャーを与えても、僕の求めているものは得られない。むしろ、家庭があって、意義のある仕事がベースにあるからこそ、純粋に走ることだけにフォーカスし、楽しむことができるのかもしれない(P203)とあとがきで総括する姿は、多くの社会人ランナーにとって共感を禁じ得ないことだろう。
 身体をケアするために大好きだったアルコールをスパッと断ってしまうエピソードにも、著者の走ることに対する一途な思いが伝わってくる。
 その理由たるや、内臓負担を軽減するため、というだけでなく、ビールが飲みたいという欲に引っ張られないようにして、アドレナリンのような脳内物質さえコントロールできれば、より気持ちよく走れるのではないか? そして、もっと純度の高い気持ちよさも味わえるのではないか?(P110)というのだから、人生を極限まで楽しもうとする著者の発想には驚かされるばかりだ。
 美しい稜線を軽やかに駆け抜ける写真も多く挿入されていて、トレイルランって気持ちよさそうだな、と読者に思わせてくれること請け合いの一冊です。

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