ベアフット(裸足)ランニングブームのきっかけとなり、世界的ベストセラーとなった「BORN TO RUN」において、メキシコの走る民族「タラウマラ族(ララムリ)」とのレースに招待されたのは、ウルトラマラソン界のレジェンドと呼ばれる人物だった。
上述の著者、クリストファー・マクドゥーガルをしてウェスタン・ステーツを七回制覇し、三年連続でウルトラランナー・オブ・ザ・イヤーに輝いたあのスコット・ジュレクか? (BORN TO RUN P160)と驚喜せしめ、当該ストーリーのなかで大変重要な役割を果たしているランナーだ。
彼の神秘的な生活や菜食主義を貫く哲学は、当該書籍でもひとつのチャプターを設けるほど厚く紹介されていたが、本書はそんなレジェンドが自らの生い立ちを振り返り、なぜこのような生活をしているのか? なぜウルトラマラソンで世界的第一人者となりえたのか? そしてウルトラマラソンの魅力は何なのか? について語る自伝的サイエンスエッセイだ。
ひとことでウルトラマラソンと呼んではいるが、その距離やコースに明確な定義があるわけではない。強いて言えば、フルマラソン(42.195km)を超える距離であり、とりわけ著者は、トレイルや暑熱の過酷なレースにあえて挑んでいる。
いや、むしろそんな環境で走ることをこよなく愛している、といった方が的を射た表現かもしれない。
自分が選んだこの競技では長時間続く苦痛がつきもので、それに耐える能力に応じて敬意が払われるという稀有な男女の集団に僕は属している (P14)と、冒頭からウルトラマラソンの特異な魅力について解説してくれる。
著者のモットーは、より賢く走り、より賢く食べ、より賢く生きる (日本語版解説より)とシンプルだ。
特に、本書のテーマの一つでもある「食」については、確固たる信念を読者に教えてくれ、人類の歴史から、我々の健康についてまで、真剣に考えさせてくれる。
それは、高校三年のクロスカントリースキーの合宿での出会いだった。
キャンプでは野菜のラザニア、あらゆる種類のサラダや焼きたての全粒小麦パンが出された。(中略)でも選択の余地はなかったので、しかたなく出てきたものは何でも食べた。すると信じられないほど美味しかった。しかも驚くことに体調がすごく良くなった。僕はキャンプで今までやったことがないくらいトレーニングした。それなのにこれまでより体調がよく、力がみなぎっていた。 (P46)
それ以降、著者は食事と運動、栄養と健康の関連性について学びはじめ、たどり着いた答えが、ヴィーガン(完全菜食主義者)だった。
それは、魚や肉だけではなく、卵やチーズすらも口にしない、つまり動物性食品を絶つということだ。
その食生活のほうが、体調が優れるようになり回復も早いという感覚はもちろん、地球環境に過度な負荷をかけずに、大地に寄り添って生活したいという理由が背景としてあるようだが、そんな姿からは、自然環境が舞台のトレイルランを愛する哲学が垣間見られるようだ。
本書には著者が勧める美味しいレシピが写真入りで紹介され、「(お、意外とおいしそう)」と感じてしまうこと請け合いだ。
まさに「食べること」と「走ること」をテーマにした著者の思いが伝わってくるような一冊で、科学的にも様々な書籍や文献にあたり、自らの考えを証明しようとしてくれる(巻末には参考文献がずらりと並んでいる)。
一方、サクセスストーリーで完結するかに思えた後半では、プライベートで悩む著者の苦悩が素直に吐露されてもいる。
それは、レースでの献身的なサポートをしてくれた親友との仲違いや、菜食主義を知るきっかけともなった妻との別れ(しかも離婚後に、婚姻当時のビジネスの分け前まで主張してきた)などだ。
だが、著者は新たな目標を定め、挑むことを止めようとしない。
途中で立ち止まりながらも、一歩一歩前に進んでいこうとする、そんな姿こそは、ウルトラマラソンランナーとしてレジェンドと称えられる生き方にふさわしい。
関連書籍:著者と「走る民族・ララムリ」との交流を描いた「BOAN TO RUN 走るために生まれた」 |