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地球のはしからはしまで走って考えたこと

地球のはしからはしまで走って考えたこと
著者
出版社 集英社
出版年月 2020年10月
価格 1,600円
入手場所 市立図書館
書評掲載 2020年12月
★★★★☆

 フルマラソンを完走する。
 42.195kmという長距離を走りきるためには、スポーツ経験者であってもそれなりの覚悟と準備が必要とされるに違いない。
 だがここ数年、それより遥かに壮大な超長距離レースを知る機会が増えている気がする。
 私がその存在に興味を持ったきっかけは、トランスジャパンアルプスレースだった。
 2012年10月に放送されたNHKスペシャルで、富山湾から駿河湾に至る415kmもの距離を8日間という制限時間内に走破するという、これまでに見たことがない壮大な舞台を目にし、思いがけずテレビにくぎ付けになってしまった。

 それだけではない。
 NHK BSでは毎週のようにグレートレースが放送され、イギリスの極寒で不眠不休の420kmだの、米国ロッキー山脈で760kmだの、世界の超長距離レースの壮大なスケールには驚かされるばかりだ。
 だがさらに疑問なのは、常軌を逸したレースの存在を多く知る一方で、出場選手はなぜかくもサディスティックなレースに挑もうとしているのだろう、ということだ。
 そんな疑問を持っていただけに、本書はひとりの超人アスリートの半生を振り返った、うってつけのエッセイだ。

 著者は学生時代に陸上競技の4x400mリレーで日本選手権3位に入ったこともあるトップアスリートだったが、大学卒業後は、会社員として悶々としながら過ごしていたという。
 やはり僕は、あの陸上にかけた10年のように何かに夢中になって生きたい! やるからには上を目指し活躍したい!(P30)となんと2年少々勤めた会社を辞め、ホノルルマラソンに挑戦してしまう。
 一方で、この時の僕には、自分で独り立ちして仕事をやっていく度胸はやっぱりなかった(P32)と再就職先を探すに至る。
 一見すると覚悟も一貫性もなかったかに見える行動からは、理想と現実のはざまに揺れる若者の葛藤を正直に伝えてくれるようだ。
 だがその後は必死で「夢中になれること」を模索し、トライアスロンへの挑戦。さらには、「誰も成し遂げたことのないこと」や「限界に挑むことができること」に焦点を当て、たどり着いた答えが、砂漠や極地を走るという、アドベンチャーマラソンへの挑戦だった。

 聞きなれない「アドベンチャーマラソン」の定義は明確には無いそうだ。
 本書によると「砂漠、山岳、極寒の氷雪、ジャングルなど厳しい大自然を舞台に道なき道を進む」、「賞金なし」、「自給自足のセルフサポート」が基本ルール(P52)という大雑把なものだが、本書を読むにつれて、命を落としかねない過酷なレースの全容が浮かび始め、読みながら鳥肌が立ってしまいそうになる。
 時には灼熱の砂漠に渇き、極地の寒さに凍傷を患い、チェックポイントに届けたはずの荷物が、主催者の手違いで運ばれていないことも珍しくないという。
 会社を辞めて退路を断ち、「夢中になれるもの」に挑むというシンプルな著者の挑戦に、多くのファンがクラウドファンディングで応援する。
 そしてそんなファンのためのPRや、知恵を絞った返礼など、これまでの常識にとらわれない著者の生き方は、プロフェッショナルとしての覚悟に満ちていて、本書は熱度すら感じられるアツイ作品だ。
 さらに本書が魅力的な理由は、我々が住むこの地球のスケールと、文化の違いも様々教えてくれることだ。
 命綱でもある大荷物がまさかのロストバゲージ!?
 サハラ・レースに乗り継ぎ便遅延でスタートラインに着けず! でもちゃっかり途中から参加、ってあり!?
 出場料と航空券を支払済みのトランス・ピレネーが大会中止で、悔しいから自主レースを強行、って危険すぎないか?
 え、モーリタニアってどこ?
 など、七大陸走破という偉業を達成した著者だからこそ経験できた、これまで知らなかった世界の壮大な魅力を教えてもらえることは、ウィズコロナ時代の自粛生活に、好奇心を大いに刺激してくれる冒険活劇だ。
 また、本書に挿入されたQRコードを読み取ることで登場する動画が、文書で綴られたストーリーを補完する情景を映し出し、書籍の構成としても新時代の到来を教えてくれるようだ。

参考書籍:激走!日本アルプス大縦断

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