今年(2020年)の箱根駅伝こそ、10位と不本意な成績だったものの、エース区間の2区を走った相澤晃は、専門誌をして空前絶後 (月刊陸上競技2020年2月号 P26)と称される驚異的な区間新記録(1時間5分57秒)を叩き出した。
それだけではない。
マラソン日本記録を16年ぶりに塗り替えた設楽悠太に、MGCで快走し東京オリンピック代表権を獲得した服部勇馬ら、錚々たる卒業生を次々と輩出している、日本マラソン界の「虎の穴」。
東洋大学の長距離チームは、近年現役学生だけではなく、OBがマラソンに競歩に大活躍だ。
著者は、当時部員の不祥事によって引責辞任した川嶋伸次の後任として、母校の監督に急転直下で就任した経緯があるだけに、長く学生駅伝界の趨勢を見てきたファンは不安を感じていたに違いない。
だが、いまや学生長距離界で東洋大学の存在を抜きにして語ることはできない。
監督就任以来、箱根駅伝では3回の優勝を誇り、10年連続で3位に入る抜群の安定感に加え、「その1秒をけずりだせ」という明確なメッセージをチームへ伝え、鉄紺のユニフォームをまとうことのプライドを浸透させた。
勝利にどん欲にこだわるからこそ、その明確な哲学に惹かれた優秀な高校生が次々と同校の門を叩き、伝統を継承しているのだろう。
それにしてもなぜ現役学生だけではなく、著者のもとを巣立った卒業生には、今も活躍するOBが多いのだろう?
ニューイヤー駅伝では、直近の2018年、2019年に20名以上のOBがメンバーに名を連ね、30歳を過ぎても現役を続けている選手が多いのが東洋大OBの特徴 (P168)と胸を張る。
学生時代にピークを迎えさせるのではなく、学生時代に心と体の基礎をつくり、体力のある20代に良い動きで豊富な練習量を積み重ね、勝負できるようにする (P150)と、世界で活躍することを見据えた指導を心掛けているからこそ、卒業後に活躍する選手が後を絶たないのだろう。
たしかに、学生時代に名を知られたといっても、卒業後も競技の第一線で活躍できる時間は限られている。
競技をやっている間に、同期入社の社員はどんどん仕事を覚えていきますし、先に出世していきます。競技を引退した後、年下の社員に仕事を教えてもらうことになるかもしれないし、一から仕事を覚えなくてはならないかもしれない (P166)。
と、一時の競技成績だけではなく、ひとりの人間として恥ずかしくない人材を送り出したい、という熱意がひしひしと感じてくる。
ところで、本書の構成は時系列ではなく、「チームワーク」「采配」「体調管理」「世界への意識」など、テーマごとに章立てされている。
当時活躍した選手らが唐突に登場する流れは、やや混然とした印象を感じる一方で、見方を変えると、本書において彼らの存在は、あくまで著者の哲学を伝える例示に過ぎないのかもしれない。
それだけに、卒業後に活躍する人材を育てようと、さらなる高みを見据えている、著者の信念を本書で知ることができ、大学駅伝が果たす役割の大きさを、改めて教えられたようだ。
参考書籍:酒井俊幸著 その1秒をけずりだせ |