かつて陸上女子長距離界に彗星のごとく現れたシンデレラガールがいた。
それまで全く無名だったにもかかわらず、入社1年目の全日本実業団対抗女子駅伝で12人のごぼう抜き。10km区間で32分17秒という記録は、当時の10kmロード日本最高記録をも上回っていた。
ニコニコドーという聞きなれない九州地盤のスーパーマーケットの名は、鮮やかなショッキングピンクのユニフォームと、小柄でキュートなアスリート・松野明美の名とともに、一躍全国区に躍り出た。 そんなスーパースターを発掘し、オリンピックの女子マラソン日本代表候補にまで育てたのが、著者の岡田正裕だ。
著者は、高校卒業を機に陸上を卒業するつもりだった松野に何か惹きつけられるものを感じ (P46)、「オリンピックに行ける」と何度も説得した。
著者の熱意に押され、同社陸上部1期生として入社するや否や、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長する彼女の活躍は、まさにシンデレラストーリーと呼ぶにふさわしい。
そこで著者が実感した「伸びる選手の条件」とは、気持ちの面で頑張れるかどうか。一言で言えば"やる気"だ (P53)。
大学駅伝界で低迷していた母校・亜細亜大学の再建を任された際も、選手のスカウティングに苦労させられたが、その経験を生かし、タイムだけではなく、「真面目で、やる気があって、陸上が好きな生徒」を勧誘していった。
亜細亜大学の監督就任直後は、前任者からの引継ぎが連携に欠け、選手からの猛反発もあり、順調な船出ではなかった。
就任1年目の箱根駅伝予選会では、前年の順位も下回ったが、著者は自身が目指すチーム作りを着々と進めていく。
練習環境に優れた郊外に合宿所を移転し、食事も専門業者に委託した。
と同時に、寮の門限を厳格にするなど、生活面の改革にも注力した。
それでも改善される気配がないと感じるや、著者自身が寮に住み込みを始め、学生と寝食を共にすることで目配り、気配り、心配りを徹底した。
競技面だけを指導するのではなく、自らの経験を伝えながら人生の土台を築いていくことを指導哲学とする著者らしい体当たりだ。
著者の改革は着実に実を結び、監督就任7年目で箱根駅伝初優勝の快挙を成し遂げた。
その後、実業団女子チーム監督を務めるも方針の違いから1年余りで退き、退任後の余生を持て余していたところ、60代半ばにして拓殖大学陸上部監督の要請を受けるや、学生の目の輝きに可能性を感じ、就任を決意。
予選落ちに甘んじていた同大を強豪チームに育て、今年退任したばかりだ。
ようやく指導者人生にピリオドを打つかと思いきや、折を見て拓大時代のキャプテン・デレセのマラソンコーチを買って出るなど、その情熱は衰える気配がない。
選手を発掘する判断基準が「やる気」であるならば、著者にこそその言葉が似つかわしい。
一方、書籍の完成度としては、読みにくい人名にも振り仮名がないなど残念な印象があるが、それも「楽をして読むな!」と、読書の心得を説きながら、手塩に掛けた選手名を覚えさせるための「岡田マジック」なのだろうか。
参考書籍:岡田正裕著 雑草軍団の箱根駅伝 |