西脇工業という名を聞くだけで、兵庫県にある駅伝で有名な高校だとピンとくる人は、コアな陸上競技ファンに違いない。
いや、この学校の名はそれ以上に広く知れ渡っているかもしれない。
なにせ半世紀を超す全国高校駅伝の歴史のなかで、8度の優勝回数を誇る超名門校だ。しかも、その全てにおいて、一人の監督がチームを率いている。
これは入れ替わりの激しい高校生チームにおいて驚くべきことで、歴史に残る偉人に違いない。陸上競技ファンならずとも、監督の生涯には大いに興味を惹かれてしまうのではないだろうか。
だが本書を読んでいると、当初抱いていた印象とは異なり、教師になった頃は劣等感の塊 (P146)で深夜まで飲み屋街を徘徊した (同)というから、情熱あふれる指導で知られる現在からは想像もできない。
本書は2000年代前半にNHKで放送され、高い人気を博したドキュメンタリー番組の書籍版で、やや過剰な演出が鼻にかかったものの、当時新入社員だった私にとって、「明日も仕事をがんばろう!」と気持ちを高揚させてくれる大好きな番組だった。
とりわけ、駅伝をテーマに据えたこの放送は、今でも脳裏に映像が蘇ってくるほど夢中になって見ていたことを思い出す。
それほど、本書の主人公・渡辺公二の生涯が面白く、荒れた高校をスポーツで立て直し、日本一に導くという夢のようなストーリーに、教育とはかくあるべきと思わされた。
ところで、西脇工業からは数多くの優秀な卒業生が生まれており、小島忠幸、藤原正和ら国際大会のマラソンで活躍した選手も多く、さらに大学駅伝まで間口を広げると、同校出身者は枚挙にいとまがない。
特に、日体大は渡辺の母校でもあり、西脇工業出身者が多いことで知られているが、驚くべきことに日体大陸上部OB名簿の中に渡辺の名前は記されていないという(P192)。
その理由にこそ、渡辺の人生における転機が隠されている。
渡辺は、箱根駅伝を走ってほしいという父の夢をかなえるために大学へ進学したのだが、練習の疲れを癒す風呂場で、落ちてきたカミソリでアキレス腱を裂かれる事故に遭い、陸上部を半年で退部せざるを得なかったという。
この事件により競技を断念し、教師となった後も劣等感を抱きながら生きていくのだが、そんな教師の落ちこぼれ (P142)がその後に指導者として数々の優秀な卒業生を輩出していくのだから、つくづく人生とは分からないものだと思わせてくれる。
そしてもうひとつ、本書を読んで感じさせられたことは、スポーツの持つ可能性だ。
西脇工業にはかつて、その学校の生徒であることに誇りを持てずに、制服に他校のボタンを付けて通学する生徒までいたほどだったのだが、渡辺は部活動を通じてあいさつ、掃除などを徹底させ、競技力向上と並行して風紀も変えてしまった。
ちなみに、この番組では他のテーマで伏見工業ラグビーを率いた山口良治も取り上げていたが、山口もまたスポーツによって荒れた生徒たちに希望を与え、日本一に導くと同時に、学校を再生させた点で共通している。
そういえば近年、部活動が教員の負担になっていると社会問題化するなかで、彼らのように体当たりで生徒にぶつかっていく情熱あふれる教員は減ってほしくないと願うのは、決して私だけではないだろう。
※参考書籍 渡辺公二の伝記「心の監督術」 |