青山学院大学による5連覇が濃厚と予測されていた今年(2019年)の箱根駅伝を制したのは、これまでなかなか実力が発揮できず、いつもヤキモキさせられていた東海大学だった。
それは著者が監督に就任以来、世界に通用する選手育成という方針を掲げてきた一方で、「距離が長い箱根では勝てない」と評されていたチームにとっては、ひとつの節目ともいえる結果に違いない。
専門誌によると、昨年度まではトラックに重点を置いていたが、この夏に方針転換。箱根駅伝を意識し、8月には30km以上の距離走を10本以上こなした。 (中略)さらに、11月以降は箱根に調子を合わせるためにトラックレースへの参戦も控えた (月刊陸上競技2019年2月号)という徹底ぶりだ。
選手起用についても、これまでは記録や実績を重視していたが、今回は実力者の關颯人を外し、実績よりも調子のよさで郡司に託した (P27)と自らの経験と勘を信じた采配を振るった。
私の正直な気持ちは、同大が大学駅伝に期待される本来の目的を突き進もうとするポリシーに共感していて、箱根駅伝というエンターテインメントでは、そのスピードを生かして上位をかき回すやんちゃな役回りでも構わないではないか、という気がしていた。
誤解を恐れずに言えば、前述の専門誌をして箱根仕様 と評されるトレーニングで頂点を極めたことには、素直に喜べない気持ちがあったのも確かだ。
だが本書を読んでいると、箱根駅伝で活躍することを期待され、そのプレッシャーに悩みながら試行錯誤してきた著者の苦悩が伝わってくる。
本書は、同大を長く取材し「先生の指導論を一冊の本にまとめたい」と著者を追い続けた関係者が、箱根優勝したら、という著者との約束がかなって書籍にまとめられた渾身の一冊だ。
それだけに、著者の生い立ちや、佐久長聖高校時代からの指導実績、そして競技哲学に至るまで非常に丁寧に紹介されている。
そこで浮かんできた著者の信念とは、スポーツは教育の一環である (P158)というスタンスだ。
競技者である以上は結果も大事だが、結果にたどり着くまでのプロセスを自分自身でも考えてもらいたい (P154)、1万mを28分台で走った、箱根駅伝で優勝した、といった陸上競技の実績など、選手を引退したらほとんど意味を持たない。大切なのは、競技を通じて自分を磨き、豊かな感性を育み、いかに社会で通用する人間になれるかどうか、である (P11)と、自立した人間を育てようとする指導者像が見えてくる。
その一方で、同大に鳴り物入りで監督就任したものの、早々に箱根駅伝でのシード権を失い、翌年には予選会で敗退し、40年間連続出場も途絶えさせてしまった。
エースクラスは日本を代表する選手を抱えながら、チームとしてはスピードはあるけれど勝てない 速いけれど、強さがない (P36)と揶揄されてもいた。
箱根を最大目標にするメリットとデメリットを見極めながら、世界を目指す人間が箱根で負けていいのか (P44)とこれまでの方針を転換させ、ついに箱根駅伝での栄冠を勝ち取った。
著者は「スピードを重視する」ことが同大のチームカラーであると胸を張るとともに、箱根駅伝を優勝できたことで、「トラックでスピードを磨いているばかりではない。箱根駅伝もきちんと考えて、それに向けて取り組んでいる」ということを証明できた。結果として示すことができたのは大きい (P174)と、トラックと駅伝の相乗効果を高めていきたいと語っている。
たしかに、箱根駅伝は競技人口の底辺を底上げさせる役割は十分に果たしている。一方で、世界に通用するエースを育成させるという点では、道半ばだ。
そんな意味では、東海大学と著者の挑戦からは今後も目が離せそうにない。
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