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ウルトラランナー
限界に挑む挑戦者たち

ウルトラランナー
著者
訳者 児島修
出版社 青土社
出版年月 2024年3月
価格 2,803円
入手場所 Kindle
書評掲載 2025年3月
★★★★★

 近年、フルマラソンよりも長距離を走る超長距離・ウルトラマラソンの人気が高まっているという。
 ランニングは社会にすっかり定着し、健康を維持したい、であったり、ストレスを解消したい、であったりと、理由は様々あるが、それ以上に突き抜けた体験や強い刺激を求める人たちが、より長い距離や、危険を伴う山岳レースに目を向けている。
 英国フィナンシャル・タイムズのジャーナリストで、フルマラソンを3時間弱で走るランナーでもある著者(当時42歳)は、彼らがなぜそこまで過酷な競技に挑もうとするのか、という疑問に駆られ、その答えを探るために、自らウルトラマラソンに挑み、数多くのトップランナーへインタビューを重ね、ついにはこの競技の世界最高峰レースとも呼ばれるUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)の完走を目指す実体験が、本書で語られる。

 UTMBに出場するためには、対象レースでポイントを重ねる必要があるため、著者は2年間で複数のウルトラレースを完走し、そのなかで、致命的な怪我を負ったり、それを治療に導く未体験の名医に巡り合ったり、陸上競技場を24時間走る単調なレースに出場したり(UTMBポイントはもらえない)と、体当たりでウルトラマラソンを体験していくのだがそのなかで、劇的なドラマや自己超越と称する感動を体験したりと、徐々にこの競技に秘められた不思議な魅力に気付かされていく。

 とりわけ、不正に関するトピックは、ジャーナリストならではの鋭い視点で興味深い。
 ウルトラランナーたちは、このスポーツには何時間、何日も、何の見返りもなく自分を追い込める、善い心を持った人たちが大勢いると考えている。誰もが、自分の限界を知りたい、自分について何かを発見したい、生きている実感を感じたいという純粋な思いでこのスポーツをしている(P89)と思われている一方で、近年急速に普及した競技でもあることから、明確なルールが定まっておらず、審判員が監視しているわけではない。
 コースのショートカットであったり、夜中に乗り物で移動し距離を稼いだり、ドーピングも一部で蔓延しているという。
 その背景として、優れた記録を出すことで、スポンサーが付いたり、賞金をもらえたりといった外的要因に加えて、ウルトラマラソンはSNSでのウケが格段にいい(P90)といった自己承認欲を満たしたい内的要因も大きいのではないかと著者は推測している。

 450ページを超える本書は、ウルトラマラソンをめぐる様々なトピックを紹介し、その都度、深く考えさせられてしまう。
 たとえば、優秀なトップランナーの多くが、過去に家庭や戦争で深いトラウマを抱えていたり、ロードレースで世界を席巻するアフリカ系ランナーがウルトラマラソンに参加しない背景であったり、そもそも幻覚を見るほど常軌を逸した過酷なランニングが、健康に悪影響を及ぼさないのか、など、社会学的にも、人類学的にも、健康科学的にも様々な興味深い視点が次々に立ちはだかるため、完読するには「忍耐力」が求められる。
 だがそれだけに、訳者あとがきをして著者の包括的かつ体当たり的なアプローチによって、本書はウルトラランニングの全容を幅広い視点でとらえ、かつ一人の人間の等身大の旅を通してこのスポーツの特徴や醍醐味を伝えることに大いに成功した、出色の出来になっている(P443)ことは間違いない。
 ウルトラマラソンがランナーの人生を変える可能性を秘めたスポーツなのであれば、本書は読者の人生観をも変えてくれる一冊になるのかもしれない。

参考書籍:
ウルトラマラソンの壮大な世界を紹介するBORN TO RUN
著者が日本独自に発達した駅伝文化を探る駅伝マン

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