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袈裟と駅伝

袈裟と駅伝
著者
出版社 ベースボール
・マガジン社
出版年月 2025年9月
税抜価格 2,400円
入手場所 Amazon
書評掲載 2026年3月
★★★★☆

 近年、インターネットが既存のメディアを脅かしており、とりわけNetflixが配信したドラマ「地面師たち」が人気を博し、国内で加入者急増の導火線となったことは、記憶に新しい。
 そのドラマで舞台のひとつとなったのが、お寺が持つ広大な土地だ。
 日本の文化と密接に結びつき、莫大な資産を有しながらも、民間企業と異なり、その経営状況が明るみに出ることが少ない宗教法人は、闇世界を舞台にした地面師が暗躍するドラマのシナリオとして、格好の舞台であったに違いない。
 もちろん、本書はそんなアンダーグラウンドな世界とは一線を画すものの、僧侶の家系に生まれ、その運命に翻弄されながらも、生涯にわたり陸上競技を愛した人物(大越正禅)の半生を丁寧に描いており、競技に情熱を注ぐ熱量もさることながら、寺社にまつわる「異質な世界」の一端も教えてくれる、稀有なノンフィクションだ。

 著者は、かつて自身の競技半生を小説「冬の喝采に記した黒木亮(本名・金山雅之)で、お互いに道産子であるゆえか、金山本人も本書にたびたび登場し、第三者の立場でアスリートとしての大越を伝えてくれる。
 いまでこそ、駒澤大学は学生長距離界の有力チームとして知られているが、当時は箱根駅伝に出場するのが精一杯で、体育の教員養成課程を有する日体大や順天堂などが、軒並み有力選手を集めていた時代だ。
 大越にも、高校卒業後の進路を決める際に、かの澤木啓祐から直々にスカウトを受けており、その嬉しい気持ちを澤木は日本の陸上界のスーパースターで、そばで観られるだけでも陸上選手は畏敬の念を抱く。その人物が、自分をスカウトしたがっているという。大越にとって、降って湧いた夢のような話だった(P114)と吐露しているほどだ。

 一方で、駒沢大学は、いわば曹洞宗の東大で、駒沢の仏教学部を出て僧侶になるというのが、押しも押されもせぬ王道(P120)であり、様々なしがらみから、順天堂への進学をあきらめ、駒沢大学仏教学部への進学を決意した経緯が記され、宗教と世襲という、なんとなくアンダーグラウンドな世界の厳しさを俗世に伝えてくれるようだ。
 もちろん、本書は浮世離れした世界の話にとどまらず、陸上競技の深遠な歴史をも伝えてくれる。
 とりわけ、著者がかねてより一目を置いているであろう澤木啓祐に関する記述は具体的で、大越が青森−東京駅伝で眼にした澤木の走りを称し、パーン、パーン、パーン、パーン、パーン・・・・・・シューズの底でアスファルトを叩いて鳴らすような音が、あたりに響き渡った。(いったい何なんだ、この足音は!?)竹島は度肝を抜かれた。ランナーの足音というものは、たいていパタパタパタという感じなので、前代未聞の足音だった(P86)と、その驚きをリアルに本書で伝えてくれる。
 そういえば、かつて著者は前著でも瀬古利彦を称して、そのような尋常ならざる足音について、驚きをもって伝えていたことを覚えており、このような生の五感こそが、世界クラスのアスリートたる違いを知らしめてくれる、貴重なエピソードに違いない。

 仏僧と陸上競技をテーマにした本書は、一見すると何の脈略も無いように思えたのだが、終章で大越が仏僧の階級を称し、立派な僧侶も多い一方で、金で地位を手に入れたような人間が会合などの上座で奉られているのを目の当たりにしたりすると、果たしてこの世界は自分が骨を埋めるべき場所なのだろうかという疑問が湧いた。まして陸上競技という、最も客観的に実力が表れ、極めて公平な競技種目の世界に長年身を置いたものにとっては、なおさらだった(P316)。と語っているように、日本独特の知られざる仏僧世界はまだまだ秘密だらけであり、それに翻弄されながらも、陸上競技に専心する大越の生涯を丁寧に描いた本書は、まさに後世に残しておきたい傑作だ。

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