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タラント

タラント
著者
出版社 中央公論新社
出版年月 2022年2月
税抜価格 1,800円
入手場所 平安堂書店
書評掲載 2022年3月
★★★☆☆

 2022年を迎えわずか3か月弱ではあるが、北京冬季オリパラ開催、ロシアのウクライナ侵攻、東北での大地震など、国際的にも国内的にも、後世に残るであろう歴史的ニュースが立て続けに報道されている。
 とりわけ、国際的な摩擦が相次いで懸念されていた中国とロシアに関しては、あえて雪の少ない地で冬季五輪を開く狙い日経電子版 2022/2/5)が邪推され、(北京オリンピックの)開幕に先立ち、新疆ウイグル自治区での人権問題で批判される中国の習近平国家主席とウクライナ危機のさなかにあるロシアのプーチン大統領が協力を誓い合った。「平和の祭典」というにはあまりに皮肉な光景だ。(同)とオリパラの意義を問うている。

 本書は、今年前半を象徴するそんな数々の「皮肉」を集約しているような作品だ。
 戦争、難民、災害、ボランティア、そしてパラリンピック。
 広範すぎるテーマではあるが、主人公の生きた時代が私とほぼ重なっていて、当時の流行や、海外での紛争、そして未曽有の大震災など、リアルタイムで見聞きし、感じていた空気(そして匂いすらも)が、本書を読んで蘇ってくるようだ。

 都会に憧れ上京した「みのり」は、大学生活になじめずに鬱々としていたが、ふと誘われたボランティアサークルに興味が惹かれていく。
 自分はつまらなくて退屈な、なんの興味も持っていないぼんくらだと、いやというほど自覚させられ、だからこそ、こういう世のなかの役にたつようなサークルに入って、自分を鍛えるべきだと思う。それに加え、こういうまじめなサークルならば就職のときに有利なのではないかという打算も多少はあった(P68)という若者は、当時から「自分探しのボランティア」と揶揄されていたものだ。
 そんな平凡を自覚するみのりが、福祉施設でのサマーキャンプを皮切りに、発展途上国での学校建設プロジェクトへの参画など、徐々に活動範囲を広げていく。
 だが、海外支援ツアーで、みのりの勝手な判断により起こしてしまった事件が、その心境を大きく変えてしまった。
 人は、善意にはぜったいに善意を返すものだと、意識することもないくらい強く信じていたのだ。それが世界共通のルールだと信じていた(中略)。何度もスタディツアーにいって、何も学んではいなかったのだ(P269)と苦悶する。

 そんなみのりに追い打ちをかけるように、親友の不幸な知らせが飛び込んできた。
 なぜ何もない自分が生きているのに、使命感にあふれた盟友が失われるのか。茫然自失となり実家に戻ったみのりはしかし、寡黙だった祖父も、実は戦時中に同じ経験をしていたことを知る。
 しかも、祖父がかつて将来を嘱望される陸上選手であったこと、そして戦争で片足を失ったのちも、1964年東京オリンピック後の障害者競技会(現在のパラリンピック)への出場を打診されていたほどのアスリートだったことを知り、私にとっての「使命」は何かについて考える。
 本書によると、パラリンピックという障害者スポーツの祭典は、戦争で傷ついた兵士のために開催されたことが始まりだそうだ。
 戦時を終えても、平和の祭典として存続するパラリンピックの意義を知り、改めてこのイベント開催中に、戦争がリアルタイムで行われていることの皮肉を憂いてしまう。
 ややテーマに統一感が欠けたように感じる長編ではあるが、時代を往復しながら重層的に進行するストーリーは、つくづく自分の人生について内省的に考えさせられる作品だ。

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