「夏目環(たまき)」は、大学の英文科を中退し、現在はスーパーマーケットの通販部でアルバイトとして働いている22歳。
一般にイメージされる同年代の女性像からは離れ、親しい友人はおらず、生きる希望すら見つけかねているかのような、体温の低さを感じさせてくれる。もちろん趣味はなく、ニックネームは「アナグマ(穴熊)さん」というネクラぶりだ。
だがそれも無理はない。13歳で両親と弟を事故で失い、その後お世話になったおばさんも20歳の時に亡くした。
不幸な境遇を知る周囲から同情を誘うものの、好奇心が含まれた視線がうっとうしくてたまらなかった。
それに、誰かとつながることがなければ、誰かと離れることもなく、これ以上悲しむ必要はないのだから。
そんな彼女にとって唯一、心の安らぎとなっているのは、近所の自転車屋さんのご主人・紺野さんと、彼の愛猫・「こよみ」。
しかし、ほどなくして「こよみ」が老いで息を引き取ると、紺野さんも店を畳み、地元へ戻ってしまう。
紺野さんが餞別として環に贈ったのは、今は亡き息子のために作ったオーダーメイドのロードバイク。名付けて「モナミ一号」だった。
「モナミ一号」は環にとって素晴らしすぎる乗り物だった。
洗練されたデザイン、軽いフレーム、ホイールの回転も滑らか且つパワフルで、ハンドルはまるで腕とひとつながりのような一体感すらある。
そして、何より信じられないことに、「モナミ一号」は、冥界と下界を結ぶ「レーン」と呼ばれる40kmの連絡通路を超えられる、魔法のような乗り物だった。
懐かしさに目を腫らしながら、幾度となく「レーン超え」を行う環ではあったが、とうとう「モナミ一号」を手放さなければならない日が近づいてきた。
あとは自力で「レーン超え」をするしかない。そう決意した環は40kmの「レーン」を走破するため、フルマラソンへの挑戦を始めた。
個性あふれる訳ありメンバーが集まるランニングチームや、冥界で元気一杯に生活する家族たち、そして彼らとの交流を通じて、生きる希望を見出していく環たちの軽妙なやり取りが心地よい。
460ページにも及ぶボリュームはあるが、セリフ中心の物語なので「スラッ」と読める。
ストーリー自体は現実離れしているものの、こんな世界があったら面白そうだなーと感じさせてくれると同時に、「生」と「死」、そして「家族」についてちょっぴり考えさせられる作品です。
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