著者 |
里見蘭 |
出版社 |
新潮社 |
出版年月 |
2008年11月 |
価格 |
\1,200(税別) |
入手場所 |
平安堂書店 |
書評掲載 |
2008年11月 |
評 |
★★☆☆☆ |
|
かつて箱根駅伝などで活躍するも、故障が原因で競技を断念せざるを得なかった村上草平。走ることは自分にとってすべてだったと断言する彼が、失意の中で出会った天才少女。それが、弱冠15歳になろうかという蓮見夏希だった。 陸上競技は高校デビューながら、村上の指導を受けるや否や、1年生からインターハイ3000mで3位入賞。3年生の夏には世界陸上10000mで8位入賞。翌年3月の名古屋国際女子マラソンで初優勝し、ロンドンオリンピックの日本代表に選ばれると、そのオリンピック本番では金メダル獲得。
ファンタジーノベルと謳われているからには、それなりに奇抜なストーリーが必要なのかもしれないが、オリンピックに出場することがどれほど困難なことなのかを知っている競技経験者から見ると、あまりに現実離れしたシンデレラストーリーに白けた印象を抱いてしまう。 しかし、もちろんこれらのエピソードが本書の主たるテーマではない。全体的な世界観は、さすがに文学賞を受賞するだけあって、ファンタジーに満ちている。
シンデレラロードを一気に駆け上がり、次のオリンピックでは連覇を狙わんとする彼女はその後、選考会を控えた大切な時期に故障をしてしまうのだが、それでもスポンサーのためにも次のマラソンレースに出場させ、そしてオリンピックの切符をつかまなければならない。 失敗すれば村上はもちろん、彼女をサポートする「チームNATSUKI」は解散させられてしまう。苦悩する村上はわらをもすがる思いで、居酒屋で出会った老学者の夢想世界に聞き入ってゆく。 それは、パラレルワールドと呼ばれる別世界から、ケガをしていない彼女を連れてきて、影武者として走らせる、というまさに夢のような話だ。
パラレルワールドとは、現実の世界と同時並行的に存在する別世界で、たとえばある人が右へ曲る決断をする世界と、左へ曲る世界で異なった未来が枝分かれで形成される。そしてそれらの世界は波長が異なるため、お互いの存在には気がつかないという。 その老学者は、研究の末にそのパラレルワールドを行き来するマシンを開発した、というストーリーなのだが、どうもこのあたりのエピソードは、かつてヒットした映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の焼き直しのようで、オリジナル性を感じられない(もしかしたら、かつて「ドラえもん」の映画でも似たようなストーリーがあったような・・・)。 登場人物についても、細切れに重要人物が登場しているのだが、その後のストーリーになんら影響を与えておらず、もっと練りこんでほしかった。 たとえば、夏希に好意を寄せる小泉大地なる男性が、彼女の人生に重要な影響を与えるパラメータ(変数)になっているという話題は、なかなか目の付けどころがいいと感じたのだが、その後、小泉は忘れられたかのように姿を見せなくなってしまう。彼のような存在が、その後の展開に絡んでくれば、より深みのあるストーリーに仕上がったのではないかと思うのだが。
たまにはこんな空想小説も面白いかなと思って手にしてみたものの、オリジナル性に欠け、完成度も低い気がする。
マラソンを走っている最中の息遣いや身体感覚はなかなか臨場感があっただけに、全体的には小・中学生向けの幼い印象はぬぐえない。
※ 第20回(2008年)日本ファンタジーノベル大賞 優秀賞受賞作品
|