陸上競技のトレーニングといえば、「走る」ことが中心だ。
とりわけ、長距離種目を専門にしている中高生であれば、雨の日も、風の日も、ロードを、そしてトラックを、毎日走る。
だが、やはり雨の日は屋外でのランニングよりも、校舎のなかで濡れずに済ませてしまいたい。
そんな時に、階段上りはうってつけのトレーニングだったに違いない。
ときには同期とタイムを競い、一段抜かし、二段抜かしと限界に挑み、そして翌日に太モモの筋肉痛に悶絶するのが、雨天翌日に見かける陸上部員の「あるある」だ。
だが、まさか階段を駈け上がるレースを小説の舞台にするとは、目の付けどころがユニークだ。
しかも、本書の主人公は、スポーツ経験があるとは言え、元・水泳部員(男子)と、不振に悩む卓球女子という、およそ「走る」ことからは縁が遠そうな高校生ときた。
一体どうしてマニアックな階段レースに挑もうとするのだろう?
そんなストーリーの本質よりも、小説としては、なじみの薄い作家名に、意味不明なタイトルを一見する限り、失礼ながら、さほど期待していなかったのが本音だった。
そんな軽い気持ちで読み進めていたのだが、ちょっと訳ありな個性溢れる登場人物が、一つの目標に向かって行動する姿に共感し、思わず引き込まれてしまった。
大学受験を控えた男子高校生・奥貫広夢は、将来を嘱望される水泳選手だったが、家族の事情でその将来を断っていた。
そして広夢と同じ高校に通い、全日本選手権にも出場経験がある三上瑠衣もまた、原因不明の不振に悩まされ、後ろ髪を引かれる思いで卓球クラブを出て行った。
一見すると、何の接点もないように思える二人が、階段研究家 (P8)を自称する教諭から、日本中に点在する階段の魅力を伝えられ、なんと大階段レースにチームを組んで出場するというのだ。
本書によると、なんとそのレースは京都に実在し、171段を一気に駈け上がるというから、聞いただけで太モモがピクピクしてしまいそうだ。
速い人であれば20秒台前半で駈け上がるそうだが、もちろん本書のテーマはスピードや記録ではない。
人生に絶望し、人間関係に苦しみ、挫折しそうになる環境に置かれながら、前を向き、上を向き、同世代の友と、そして世代を超えた仲間と同じ目標に向かって駈け上がる姿がすがすがしい。
ひとりでは落ち込んでいたままだったかもしれない。
だけど、この人と一緒だったら前に進んでいける。
そんな、フワリと温かい胸のドキドキ感と同時に、ピキリと熱い太モモのヒリヒリ感を抱かせるようなストーリーは、現役世代には「あるある感」を想起させ、「かつての陸上部員」には、懐かしさを感じさせてくれるだろう。
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