昨年(2019年)の大河ドラマ「いだてん」は、視聴率こそふるわなかったものの、今年の東京オリンピックにつながるルーツや、箱根駅伝の原点を知るうえで、陸上関係者にとっては大変興味深いテーマではなかっただろうか。
なにより、島国・ニッポンにとって海外旅行すら夢のような話であった当時、オリンピックという聞いたこともないイベントに、遥かヨーロッパの地で挑んだ先駆者の生涯を知ることができ、改めて「日本マラソンの父」と呼ばれた人物の偉大さを教えてもらった気がする。
本書は、2018年8月〜2019年6月まで読売新聞夕刊に連載された小説を書籍化した作品で、奇しくも大河ドラマがテレビ放映される時期に重なり、リアルタイムで書籍とドラマを同時に楽しむことができる。
しかも著者は多くのマラソン・駅伝小説を手掛けてきた堂場瞬一ときた。
様々なジャンルを手掛けながら、スポーツ小説ではそのリアリティある描写が、心臓の鼓動や息遣いに至るまで、競技経験者にしか分からないはずの繊細な肉体感覚や精神状態を顕在化させてくれる稀有な作家だ。
しかし、架空のストーリーを中心に描いてきたこれまでとは異なり、本書の主人公は実在の人物で、事実に基づいた内容にならなければならない。
さらに、新聞連載と並行して、日本を代表する放送局がプライドをかけて世に送り出す大河ドラマとも、テーマが重複するではないか。
これまでのように想像力だけで描き切れる作品ではない。
それがどうだ。
まるで著者はその場で密着取材していた記者であるかのようにリアルに、そして躍動感にあふれる描写をし、まさに金栗の伝記的小説と呼ぶにふさわしい傑作に仕上がっている。
これまでに金栗四三に関する書籍は数多く出版されているが、いずれも史実を紹介することが中心で、歴史の教科書を読んでいるような淡白な内容が多かったように思う。
だが本書は、史実だけでは分かりえない心理状況などについて、おそらくは著者が想像力で穴埋めすることで、ドラマのように美しいストーリーを紡いでくれる。
それは大河ドラマに勝るとも劣らない質の高さで、むしろ生涯を満遍なく紹介した「いだてん」に対し、3回のオリンピックレースを中心に描いた本書のほうが、「奔る(はしる)」ことにテーマが絞られていて、陸上関係者にとって一段と魅力的に感じるのではないだろうか。
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