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アキレウスの背中

アキレウスの背中
著者
出版社 文藝春秋
出版年月 2022年2月
価格 1,800円
入手場所 市立図書館
書評掲載 2022年4月
★★★★☆

 週末恒例の書店巡りで、Number Doをパラパラ拝見していたところ、挑戦的なテーマに目を奪われてしまった。
 「マラソンのギャンブル化は暴論か」と題されたそのコラムは、大規模スポーツイベントをいかに存続させ、そしていかに資金を捻出させるべきか、という経営的課題を読者に突きつけ、思いがけず書棚の前で考えさせられてしまった。
 その鋭いコラムを寄稿していたのが本書の著者であり、と同時に本書の存在も教えてもらったのだが、社会的に重厚なテーマをストーリーに溶け込ませた、小説家としてのセンスにも驚かされてしまった。

 さて、本書の舞台は架空であるものの、東京マラソンをモデルにした大都市マラソンは、スポーツメーカーが満を持して新商品を発表する舞台としては、絶好の機会に違いない。
 しかも、出場選手を賭けの対象とし、世界中からインターネットを通じて掛け金を募るというから、注目度は抜群だ。
 そんな大規模イベントを前にして、国際テロリストがうごめきはじめていた。
 脅迫状が送られてきた先は、大手スポーツメーカーをスポンサーに抱える期待の若手マラソンランナー。

 犯人の狙いは何なのか?
 特定のランナーへの恨みなのか? ギャンブルで勝つことなのか? それとも、わたしたちの推測は全くピントを外しているのだろうか?
 優秀な警察官を中心に結成された特別チームが、莫大な金が動く強大な権力と闘う姿は鬼気迫るものを感じ、警察の内部事情を絡ませたストーリーもよく練られている。
 そんな重大任務を特命されたチームを率いるのは、一介の若手警察官なのだが、この生意気な女性警察官が年長のメンバーを従え、愚直に行動する姿が、単調なマラソンレースにスパイスを加えてくれる。
 獅子身中の虫がいるのではないかと、誰もが疑心暗鬼に駆られる警察官チームとは対照的に、犯人がそれをあざ笑うかのように行動を起こしていく姿は、サスペンスとしても一読の価値がある。

 フルマラソンで2時間を切ることが夢ではなくなりつつある現実世界にあって、アスリートの能力向上だけでなく、テクノロジーがそれをサポートする技術開発競争は、既に始まっているのだろう。
 本書では、腕時計の通信機能、シューズの進化、ウェアの革新など、ズルをしているような感覚(P183)までも抱かせる、近未来のマラソンレースを予感させるトピックが次々と登場し、ワクワクさせられてしまう。
 それと同時に、公道を走るマラソンレースをギャンブルの対象にするという、いかにもありそうなストーリーが、本書にリアリティを与えてくれる。
 主役である警察官も、それぞれ過去に秘密を抱えていることが明かされながら、その一方で、めくるめく危険な任務に、淡々と挑んでいく姿に感情移入してしまい、思わず一気読みさせられてしまった。

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