つなぐ力
|
|
2008年に行われた北京オリンピックでは、活躍が大いに期待されていた20代の選手が力を発揮できずにいた。 日本のお家芸であるマラソンに至っても、史上まれに見るハイペースな展開に見舞われ、一度も先頭争いに絡むこともできない残念な結果となってしまった。 そんな危機的な状況の日本チームにおいて、最終日に最高のパフォーマンスを見せてくれたチームがあった。 それは、長年バトンパスの技術とチームワークを育みながら、常にあと一歩のところでメダルを逃していた4×100mリレーの銅メダル獲得という快挙だ。 個人種目では9秒台選手が不在であるにもかかわらず、日本チームは流れるようにバトンをつなぎ、メダルをつかんだ。この秘密が、本書に隠されている。 4×100mリレー、通称“4継”では、オーバーハンドパスによって各走者の距離を稼ぐことが従来の常識だった。しかし、高野進が率いる日本チームは、世界でもほとんど採用しているチームがない、アンダーハンドパスに注目し、その技術を磨き続けていた。 本書によると、アンダーハンドパスは、オーバーハンドパスに比べて、1m66cmもの距離を損失し、タイムに換算すると0秒1577の損失となると試算している(P28)。 それでもあえてアンダーハンドパスを取り入れた理由はどこにあるのだろう? 本書は、20年近くに渡って「 取れそうで取れなかったメダル(P18)」の壁に挑み続けてきた4継日本チームの歴史をさかのぼり、アンダーハンドパスを取り入れ、メダルを獲得するにいたったプロジェクトを探った科学的ノンフィクションだ。 考えてみると、時速40km弱で疾走する選手が、わずか20mのリレーゾーンでバトンパスを行うこの種目は、見ている者にとっても非常にスリリングだ。 従って、アンダーハンドパスの特徴は、利得距離が少なくなるデメリットには目をつむり、バトンミスによるリスクが減少する確実なリレー方法、というのが、本書を読む前に私が抱いていた予断だった。 しかし高野によると、確実に渡すことは、あくまで副次的な効果に過ぎないという。では、アンダーハンドパスによって期待される主たる効果は、一体どこにあるのだろう? それは、受け手にとって、より自然なフォームでバトンリレーが可能な点だ。 オーバーハンドパスでは、上体を垂直にし、腰をひねる動作が必要になるが、これは、高野が提唱してきた「二軸的な走り」の理論とは相反する動作で、その点からもアンダーハンドパスが望ましいとされたようだ。 もちろん、手本となるチームが少なく、試行錯誤しながら精度を高める必要があったが、2001年のエドモントン世界選手権以降、国際大会で常に決勝に残る安定感を見せ、2007年の大阪世界選手権では、38秒03という驚異的な日本新記録(=アジア新記録)を叩きだしていることからも、このプロジェクトが間違っていなかったことを物語っているだろう。 そして、年々完成度が高まるなかで迎えた、2008年北京オリンピックで、ついに悲願のメダルを獲得する過程は、身体的に劣る日本人が技術とチームワークで世界を驚かせた事例として、長く語り継がれることになりそうだ。 また本書には、メダルを獲得したリレメンたちの素顔などの親しみやすい話題や、リレー種目の歴史なども掲載されているので、「リレー」というテーマで幅広く楽しめる作品に仕上がっている。 |