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スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?

スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?
著者 著:
監修:福典之
訳:川又政治
出版社 早川書房
出版年月 2014年9月
価格 \2,100(税別)
入手場所 市立図書館
書評掲載 2014年12月
★★★★★

 「走った距離は裏切らない」
 2004年のアテネオリンピック女子マラソンを制した野口みずきは、これまでの厳しい練習を振り返りそう語った。
 しかし本書によると、走った距離は裏切る(P408)こともまた真実である。
 なぜなら、スポーツパフォーマンスは「環境」だけでなく「遺伝」によって大きく変わってくるのだから。
 選手の努力を否定するかのような身も蓋もない一言ではあるが、本書はこれまでなんとなくタブー視されてきたこれらの疑問に対して鋭く切り込み、膨大な文献や様々な研究者と対峙しながら記した極めて高度で学術的な内容でありながら、専門的知識がなくても十分に知的好奇心を刺激してくれる最高のノンフィクションだ。

 では、遺伝は具体的にどの程度スポーツパフォーマンスに影響を与えるのだろう?
 その影響度を測ることは非常に困難ではあるが、現実には陸上競技の短距離種目ではジャマイカなどのカリブ海諸国が席巻しており、中長距離種目ではケニアやエチオピアがランキング上位を独占しているという地域的特徴がはっきりとしている。
 しかも国民全体に特徴があるのではなく、短距離種目であればジャマイカのなかでも特に「トレローニー教区」から優秀なアスリートを輩出していて、100mの現世界記録保持者であるウサイン・ボルトだけではなく、ドーピング違反でオリンピック金メダルをはく奪された、あのベン・ジョンソンもこの教区の出身だという(P223)。
 その秘密を探ろうと科学者は彼らのDNAを採取し、その起源を探っていったところ、西アフリカにたどりつき、彼らの多くに赤血球の遺伝子変異である鎌状赤血球形質が認められたというのだ。
 その要因として、サハラ砂漠以南にみられるマラリアが浮かび上がった。
 ではなぜ疫病とスポーツパフォーマンスが関係しているのだろう?
 仮説ではあるが、マラリアから身を守るための遺伝子の増加が促された。それらの遺伝子は個体の有酸素エネルギー産生能力を低下させるものであり、結果的に、エネルギー産生における酸素依存度が低い速筋線維を増やすこととなった(P236)という話には思わず納得してしまう。

 一方、長距離種目に目を向けてみると、東アフリカ諸国から多くトップランナーが生まれているのだが、それも高地に住むケニアの「カレンジン族」やエチオピアの「オロモ族」などが大半だという。
 彼らの文化的特徴として、時には160km先まで走るという牛の略奪が伝統的に行われていたそうだ。
 牛の数が多い戦士は称えられ、複数の配偶者を手に入れることができ、優れた長距離走遺伝子を持つ男性が有利になるような生殖上の利点として働いたのかもしれない(P254)という仮説には説得力がある。
 しかし高地で生活しながら、ネパールやチベットから優秀な長距離走者が生まれていないのはなぜだろう?
 この疑問に対する答えこそが、遺伝子の複雑さを表している。
 つまり、ケニアやエチオピアの一部の民族は、高地に適応するために赤血球とヘモグロビンを増やし、酸素運搬能力を高めることで生き残ろうとした。
 それに対してネパールやチベットに住む者では、ヘモグロビン値に著しい特徴は認められないものの、血液中に高レベルの一酸化窒素を持っているそうで、肺のなかの血管が弛緩し血流が促進されることで生き残ったというのだ(P281)。

 これらの対比は、遺伝子について語る上で非常に大きな意味を持っている。
 なぜなら、高地という同等条件の環境下であっても、生体反応は個々に異なり、しかもそれは遺伝子に組み込まれているということだ。
 そう考えると、高地トレーニングの効果が出やすい人と、そうでない人の差があることも納得できる。
 逆にいえば、遺伝子検査さえすれば高地トレーニングに適した人と、そうでない人が事前に分かる。もっと言えば、遺伝子情報を精査することで、その人がどのスポーツに向いているか、あるいはアスリートとして大成するか否かのふるい分けも可能になるのではないだろうか。
 もしかしたら近い将来、そのような「完璧なアスリート」の発掘が行われてもおかしくはない。
 もちろん、遺伝情報は膨大でそれぞれが相互作用しており、まだまだ未知の部分が多いというが、確実に言えることは、遺伝子は勝者を決める際の、非常に、非常に大きなファクターだということだ。

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