パーフェクトマイル
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アメリカで長い歴史を持つ雑誌「ライフ」が、21世紀を迎えるに当たり発表した「前千年紀の最重要人物100人」のリストには、エジソン、コロンブスらと並んで、唯一人、陸上競技選手が選ばれたという(訳者あとがきより)。 エベレスト登頂や南極点到達と並び、人類の夢として幾度となく挑戦者を阻んできた、1マイル(約1,609m)4分の強固な壁。 これは、祖国の威信と、自らのプライドを懸けたアスリート3人が、その夢の記録達成に挑んでいく様子を、詳細に再現したノンフィクション作品。 オーストラリアのジョン・ランディ、アメリカのウェス・サンティー、そしてイギリスのロジャー・バニスター。いずれも大学で学ぶ3人の若きアスリートは、競技人生を懸けたヘルシンキオリンピックで、揃って敗北を味わされる。 「このままでは終われない」 絶対に不可能だと思われていた夢物語へのそれぞれの新たな挑戦が、そこから始まる。 いったい誰が真っ先に歴史を塗りかえるのか。新聞や雑誌が大きな紙面を割き、世界中が彼らに注目するなかで、周囲のプレッシャーとも戦いながら、未踏の記録に挑戦する様子がとても活き活きと描かれている。 そして「あの敗北」から2年後に、ロジャー・バニスターがついに1マイル4分の壁を破った。世界中が歓喜に沸き立つと同時に、それは人間の秘めた可能性が有限ではないことを証明した瞬間でもあった。 かつてこれほど陸上競技がロマンに溢れ、世界中を熱狂させた時代があったのだと驚かされる(バニスターとランディの直接対決が注目された「世紀の1マイル」の写真では、スタジアムの観客席がぎっしり埋められ、いかに当時の関心が高かったのかを現在に伝えている)。 そして選手の微妙な心理状態や身体感覚はもちろん、ゴールに近付くにつれて高まる観衆の興奮までが、読んでいるこちらに伝わってくるようなリアルな描写で、手に汗を握ってしまう。 アマチュアとして、スポンサーなどからの収入が期待されるわけでもなく、学問と競技の両立を当然のことと考えていた彼らの挑戦は、我々にも大きな勇気を与えてくれるだろう。 (ちなみにバニスターは“夢の記録”を達成した年に医師国家試験に合格している)。 翻訳がやや直訳調な点が気にかかるが、スポーツライティングの最高傑作と呼んでも言い過ぎではないと思う。 読後感はまさしく「パーフェクト!」 |