2018年も残すところ3か月を切り、陸上競技ファンには楽しみな大学駅伝シーズンが近づいてきた。
毎年この時期は各校の戦力分析を行い、優勝候補を掲げワクワクしながら当日を迎えるのだが、実は一方で年末に発表される「今年の漢字」候補も、この頃から思いつくままに挙げている。
少々気が早いのだが、現時点では「暴」が優勝候補の筆頭だ。
6月の大阪府北部地震、7月の西日本豪雨に、先月の北海道胆振東部地震と、自然の力が日本中で大暴れした。
それに加え、スポーツ界の暴力がクローズアップされた年でもあったことも忘れてはいけない。
たとえばゴールデンウィーク明けにメディアを賑わした日大アメフト部による悪質タックル問題が、大きな社会問題に広がったことは記憶に新しい。
その後は堰を切ったように問題が噴出し、レスリングや体操でのパワハラ・暴力疑惑が次々と明るみにもなった。
陸上界も例外ではない。報道によると、日本体育大は12日、陸上部駅伝ブロックの渡辺正昭監督(55)を、部員に対する暴力やパワーハラスメント行為で、11日付で解任したと発表した 。(中略)日体大によると、7月末に部員から部長に相談があり、今月3日に部長から文書が提出されたのを受けて同大が調査に入った。部員5人、元部員1人への聞き取りで脚を蹴る、胸ぐらをつかむなどの暴力や、「大学を辞めろ」などと人格を否定するような言動が複数確認された(日本経済新聞 2018年9月13日付) と伝えている。
陸上界でこのような行為が行われたことは残念ではあるが、体育系大学の名門である日体大が舞台だったことが一層私を落胆させた。
なぜなら、同大を特集した本書のなかで学長自らが体罰こそ日本の教育界の大きな問題であると説き、入学式では日本体育大学では、体罰を根絶していく。その姿勢を強く打ち出しながら、スポーツを通じて社会に貢献していく人間を育成する(P6) と宣言していたのだから。
本書は2013年箱根駅伝89回大会で同校が優勝し、体育系専門大学の指導法に注目が集められていた時期に出版された書籍で、駅伝監督の別府健至がインタビュー集の先陣を切っている。
別府が注目されている理由は、近年急激に強化に力を入れている総合大学を抑えたということだけではなく、前回大会19位からの奇跡的なジャンプアップを為したこと、そしてまだ3年生だった服部翔大を主将に任命するという改革的なマネジメントを断行した点でもある。
なるほど、駅伝は個人スポーツであって団体スポーツ (P29)という別府の哲学のもと、人間性と競技力の両方がリーダーとして欠かせない能力だと語る点は、スポーツ界だけではなくどの世界でも忘れてはならない観点なのかもしれない。
選手としてだけではなく、指導者としても優秀な人材を育成したい。本書を読んでいると、その確固たる哲学は創立の理念から脈々と受け継がれている日体大のDNAであるように感じてくる。
本書によると日体大は、1893(明治26)年に元陸軍軍人であった日高藤吉郎がその前身を創立したそうだ。
設立に至っては、日高自身が軍隊で学ぶうちに、日本人の体位・体力が劣っていること、将校が軍人としての指導能力を欠いていることなどを実感したことがきっかけとなった (P38)という。
そういえば、私の高校時代の陸上部顧問も同大出身で人間味に溢れ、心から尊敬できる恩師だった。
あとがきにおいて、著者はスポーツの無尽蔵な可能性に言及し、とりわけ幅広い感性が育てられる学生時代に出会った指導者や友人の存在は大きく、仮に競技で成功体験を得られなかったとしても、計り知れない価値を生み出してくれると語っている。
だからこそ、スポーツには暗いテーマは似合わない。舞台裏の不祥事がワイドショーを賑わすのではなく、本来の舞台で選手がベストを尽くして躍動する姿を見せてくれることこそを、私たちは期待しているのだから。
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