箱根駅伝は人気が高いが、オリンピックでは勝てない。
勝てないどころか、世界記録との差は年々開く一方で、マラソンでのメダルは遥か彼方に霞んでいく。
このような状況をかつて世界に名を馳せた名ランナーはどのような思いで見ているのだろうか?
本書は男子マラソンで日本記録を更新したレジェンドへの取材を通じたインタビュー集で、過去の強さの秘訣と、現代の日本選手に求められる忌憚のない提言をズバズバと語ってくれる。
そのレジェンドとは、宗茂、瀬古利彦、中山竹通、児玉泰介、犬伏孝行、藤田敦史、高岡寿成の7名。
今は箱根駅伝でちょっと走れれば神様扱いをしますが、現実的にはケニアやエチオピア人でチームを作って走らせれば神様でもなんでもなくなるというのは、誰もがわかっていることです。日本の長距離をそんな小さな世界にしてしまっているのも問題です (P145)と児玉が顔をしかめ、駅伝をやるだけだったら補欠でも生きていけるわけだから考え方も甘くなる。 (中略)その辺は選手や指導者、企業やメディアなどが少しずつ悪くなっていて、歯車がおかしくなっているとも思います (P115)と中山の声色が一段と高くなる。
マラソンを強化する手段だったはずの駅伝が目的化してしまい、有望な選手がマラソンへ挑戦しない。
7名のレジェンドに共通する懸念は、駅伝偏重に傾いてしまった長距離界の文化の変遷だが、もちろん原因はそれだけではない。
「量的には間違いない」と思っている練習を、量だけでなく質も遥かに超えて余裕をもってやれる選手なら、絶対に記録は出せると思います (P29)と宗が胸を張り、他人がやらないことをしなければいけないと思います。それをやらなければ勝てるはずはない (P75)と瀬古が憤る。
加えて藤田も宗さんや瀬古さん、中山さんがやってきた練習というものが、間違いなくあの頃の世界のマラソンをリードしていたことも事実です。 (中略)その考えが古いと言われてしまえばそこまでですが、別に古くてもいいのではと思います。当時はその練習法をやって世界のトップにいたわけだから、それに興味を示さないという方が不思議です (P227)と膨大な練習量こそがマラソンにおける成功の方程式であることに誰も疑念を挟まない。
あとがきにおいて本書に登場する7人のシューズを作った靴職人・三村仁司もまた、今の選手は練習量が足りない (P282)と断言するように、現代の選手や指導者に足りない視点は明らかなようだ。
そういえば、つい最近日本記録を更新したばかりのある選手が、レース後のインタビューでこんなことを語っていた。
エリートに囲まれているものの、特別な練習をしているわけではない。こちらに背伸びを強いてくるような厳しい環境に身を置いて気づいたのは「強くなるためにはハードな練習をするしかない」という当たり前のことだった (日本経済新聞2018/10/25付)。
日本人として初めて2時間5分台突入を果たした大迫傑のコメントだ。
一時期の低迷期を乗り越え、マラソンニッポンに光明の光が差し込んできている。
マラソンの厳しさを知るとともに、日本が歩んできた歴史を探る上でも、未来への道しるべとして読んでおきたい一冊だ。
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