なぜ人は走るのか−ランニングの人類史− |
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今でこそインターネットが普及し、知りたい情報を入手することが空気のように当たり前の時代となったが、インターネットはもちろん、電話もない時代、まして自動車という手軽な移動手段もない時代において、遠隔地に情報を伝える手段は「走る」ことによる伝令のみだったという。 だが、移動手段が多様化し、通信手段が発達した現代においても、走ることは人々を魅了してやまない。 むしろ、工業化が発展し、暮らしを楽にする機器が増えるにつれて、ランナーの数は増加しているのではないかという気がする。 ではなぜ人は走るのだろうか? そんな根源的な疑問を、古今東西の文献を訪ねながら探り、一冊にまとめた本書は、まさに「ランニングの人類史」という名にふさわしい歴史アドベンチャーだ。 著者はノルウェー出身の作家で、民俗学と文化史を専門としているという。 なぜこれほどの大作に挑んだかに関する動機は残念ながら記されていなかったものの、古代から現代まで、そして洋の東西を問わずテーマを取り上げ、かつ学術的で客観的な視点から描かれている。 たとえば、 世界で初めて1マイル4分の壁を破ったのは、イギリスのロジャー・バニスターというのが定説になっているが、これに対する異論も紹介したり(P91)、アベベ・ビキラがローマオリンピックを裸足で走らざるを得なかった逸話を披露したり(P234)と、歴史的な名選手を取り上げながら、それぞれの文化や歴史的背景をも教えてくれる。 最近の話題では、中村清と瀬古利彦の師弟関係や、かつて一世を風靡した中国・馬軍団にもそれぞれ独立した章を設け、強烈な個性を持つ指導者と、それを育んだ文化的背景をうまく表現している。 その一方で、特定の選手や地域に偏ることなく、女性アスリートの歴史や、ドーピング、スポーツビジネスなど広範なテーマも扱っていて、まさにランニングに関するあらゆるトピックについて教養を得ることができる。 そういえば、私はこれまで様々な陸上競技関連の書籍を読んできたが、なぜクラウチングスタートが生まれたかに関して、全く知らなかった。よほど偏った分野のテーマしか読んでこなかったのではないかと、恥ずかしい思いだ。 もちろんそれに関する有力説も本書に紹介されている。そんな、陸上競技関係者ならばぜひ知っておきたいトピックが満載されている。 本書は一見すると、少々厚めの一般向け単行本に過ぎないようだが、その内容たるや、文明・民族・政治・経済などのあらゆる角度から、「走る」ことがいかに関わっているかを探った大作で、読破するのはそれなりの覚悟が必要だ。 だが、通史でランニングの歴史をここまでまとめきった本書は、学術的にも非常に価値ある作品であり、これほど密度の高い作品が3,000円弱で販売されていることはにわかに信じられないほどだ。 惜しむらくは、膨大な文献を本書で取り上げているのだから、巻末に参考文献一覧を設けてもらえれば、なおランニングに関する深い教養を得る機会となったと思うが、もはや本書を完読しただけで、フルマラソンを完走したかのような充実感でお腹いっぱいになってしまうのは、私だけではないだろう。 |