トヨタとホンダ、キリンとアサヒなど、仕事柄、各業界で競合する会社の決算書を比較することが少なくない。
アシックスとミズノも良い題材となるのだが、ミズノのウェブサイトから決算書を閲覧してみると、とても奇妙な事実に気が付いてしまう。
それは、美津濃株式会社と書かれた登記社名だ。
創業者の名字が「水野さん」であり、ブランドは「ミズノ」であるにも関わらず、このような当て字を社名に用いている背景はどこにあるのだろう?
そんな、ちょっと気になるトリビアをはじめ、本書はまるごと「ミズノ」に迫った面白い趣向の一冊だ。
著者はブランドに関する著作が多いジャーナリストで、自身も世界マスターズ陸上に出場するほどのアスリートだという。
過疎化が進む地方活性化のため、著者がミズノと協力して町のブランド戦略を立案し、農家の作業着もミズノ製にしてしまうなど、ジャーナリストとしての活動だけにとどまらず、自ら主体的にスポーツの可能性を広げようとする姿は、とても共感できる。
たしかに、小さな町をひとつのブランドでプロデュースしたと言っても、収益性につながる望みは薄いだろう。だが「100人のお客様」より「1人のファン」 (P93)を増やすことが大切と説く著者のブランド戦略は、利益の利より道理の理 (P262)を説く同社の経営理念に強くシンクロしたに違いない。
なるほど、我々消費者が抱く「ミズノ」のイメージは、野球や陸上競技をはじめとした、好記録をサポートする高機能スポーツ用品メーカーとして知られているのだが、それら以外にも、学童向けのスポーツスクールを立ち上げてみたり、肥満が増加するベトナムで運動プログラムを開発し国家プロジェクトにつなげたりと、いち民間企業が行う範疇をはるかに飛び越える活動をしていることを本書で知り、驚かされた。
その姿こそは、社員ひとりひとりが社会貢献のために何ができるかを考え、行動する、同社のカルチャーを象徴しているようだ。
つまり、創業家一族で現社長の水野明人が本書のインタビューにおいて、「やりたい芽」を摘まずに、社員に勝手にやらせる (P121)と語っているように、チャレンジを是とする、懐の深い年輪経営を貫く姿勢が端々から伝わってくるのだ。
一方で、同社は他のスポーツブランドに比べ、アピール下手であり、なんとなく「ダサい」イメージを自認しているのだが、現代のゴルフ界では当たり前になったチタンやカーボンを用いたクラブを開発したり、機能的でデザインにも優れたパラアスリートのブレード(義足)を共同開発したりと、世界の潮流を変える先駆的挑戦に次々と挑んでいる。
また、営利を追求するだけではなく、公益財団法人を通じて収益をIOC・JOCや各競技団体に還元したり、優れたスポーツ関連書籍を表彰する「ミズノスポーツライター賞」を創設したりと、スポーツによって社会を豊かにしていきたい、と考える同社の「スポーツ愛」があふれ出てくる一冊です。
|