金メダリストのシューズ |
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言うまでもないことだが、陸上競技アスリートにとって、シューズは欠くことのできない道具だ。 ゆえに、記録の向上や故障の予防という機能面には、シューズメーカーの技術が集約されている。 いや、それだけではない。 シューズは、レース中に身につけることができるほとんど唯一の道具であるために、選手の思い入れが強く、精神面にも大きな影響を与える存在となっている。 そう考えると、もしかしたら、「道具」と呼ぶのは失礼かもしれない。 これだけ選手から頼りにされる存在なのだから、本書の言葉を借りれば、「相棒」と言っても過言ではないだろう。 本書は、「記録への挑戦」と題されたシリーズの第2弾で、野口みずき、高橋尚子らをはじめ、数々の著名なマラソンランナーのシューズ制作を担当してきたメーカー・アシックスを中心に、一般的にはあまり知られることのない陸上競技アスリートのシューズ制作にかかわる職人たちの姿を、ジュニア世代向けに優しく解説している。 なかには、「トップ選手のシューズ制作者になるには?」と題されたフローチャートも描かれ、ジュニア世代に夢と希望を持って将来の職業を選んでもらいたいという、著者の願いが伝わってくるような作品だ。 加えて、ほとんどの漢字にはルビが振られ、写真も豊富なので、普段は陸上競技になじみの少ない小学生ぐらいの世代にも、十分親しんでもらえるような内容になっている。 そうかといって、大人が読んで退屈な内容かと言うと、決してそんなことはない。 恥ずかしながら、私は良い意味で本書に対する期待を裏切られた。 たとえば、アシックスのシューズ職人といえば、三村仁司が有名だ。 本書においても中心的な存在である彼に関する話題は、他の書籍でも何度か取り上げられているが、改めて、彼の強い職人魂が伝わってくるようだった。 また、進化し続ける新素材の開発から、選手それぞれの感性に合わせた微妙な調整に至るまでの、一連のシューズ制作の過程がまとめられていて、夢中になって読んでしまった。 しかも、実際にアッパーをミシンで仕上げる様子や、デザインが洗練されていくラフスケッチの推移が、写真に収められていて、まるで社会見学でもしているような臨場感が伝わってくる。 一方で、マラソン以外にも、400m走の金丸祐三や、女子短距離界の次代を担うと期待されている福島千里らも登場し、タイムリーな話題に満ちている。 惜しむらくは、人名のルビに誤りがあったことや、アシックスという一企業に取材対象が限られてしまったことだが、総じて、陸上競技の魅力を再確認させられたような一冊だ。 ※ 関連書籍:三村仁司著「金メダルシューズのつくり方」 |