身体パフォーマンスを高め、勝利を追求するアスリートは、どんなものを食べているのだろう?
スポーツをすることは苦手だが、それだけにどんなスポーツであっても、フィールドのなかに立つアスリートに対して、畏れにも似た憧憬の感情を抱かずにはいられない (P10)と語る著者が興味を惹かれた、アスリートの身体と精神。
彼らが、なにを、いつ、どのように食べ、そしてなにを食べないか。厳しい世界に生きるアスリートへの取材を通じ、著者は驚きと発見と学びがぎっしりと詰まっていることに圧倒されたという。
ひとことに「アスリート」と言っても、様々な種目があり、求められる身体が異なるのだから、食に対する考え方も異なって当然だろう。だからこそ本書では、様々な関係者への取材を重ねている。
本書を通じて見えてくるのは、三大栄養素(糖質・脂質・たんぱく質)をいつ摂取するかという点は、驚くほど共通しており、種目によって異なるのは、そのバランスとボリュームだ。
一般的には脂肪が中心の身体に見えてしまう相撲力士も、押尾川親方によると、体脂肪率について、トップレベルは30%くらいと言われています。だめなのは30%代後半から40、最悪は50% (P27)であり、筋肉の上にちょっと脂肪が乗っているというのが理想的 (P28)とデリケートな体重管理が求められるという。
プロレスもまた相手とぶつかり合う競技ではあるが、マイクパフォーマンスを含め、セルフプロデュースが重要と語る棚橋弘至は、見た目の美しさにもこだわった筋肉づくりに人生を賭けている。
著者は、その筋肉育成に欠かせないプロテインやクレアチンなど、サプリメントの重要性が認知された歴史をひも解きながら、日本でのプロテイン開発の先駆者も取材し、筋トレブームの要因を探ったり、はたまた世界初の体重計型脂肪計を量産化させたメーカー担当者を取材したりと、著者の興味はどんどん広がっていく。
一方、体重や体脂肪率を簡易的に測定できるようになったことで、その数値が目的化してはならない事例も、本書は紹介してくれる。
陸上長距離の新谷仁美は、高校時代より輝かしい成績を収めていたが、実業団入部8年後の25歳で競技を退き、4年間のOL時代を経て、再び世界の舞台に立った異色のアスリートだ。
新谷は退部に至った当時を振り返り、痩せていればいい、細いほうが有利だ、そのためには生理がなくても構わない、というような。身体の機能を否定する指導者が、もし世界的な実力者であったとしても、ふざけるなと。監督に対する気持ちがすぱんと切れてしまいました (P302)と語り、それゆえに陸上関係者のあいだに、あのくらい一気に体重を落としたほうが走れるという固定観念を植えつけることになってしまったんです (P303)と、悔やむ姿を見ると、女性とスポーツ指導のあり方について、深く考えさせられてしまう。
そう、本書は表題から想起されるイメージより、遥かに幅広い論点を紹介してくれるのだ。
たとえば、選手よりも勝ちにこだわり、栄養面から「オリンピックでメダルをもたらす」人物 (P217)と称される公認スポーツ栄養士の鈴木志保子と、マツダ陸上競技部とのサポート体制や、大学駅伝界の常勝軍団・駒澤大学を食事で支える大八木京子と、学生選手との家族的な食事の様子など、「食」をテーマにした興味深いトピック満載で、読者はお腹一杯になってしまうこと請け合いだ。
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