伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だぁ (P116)
アテネオリンピックNHKテーマソングを引用した心憎い実況であることに加え、鉄棒で回転する冨田洋之が、フィニッシュに向けてまさに美しい放物線を描き、ピタリと着地した見事な演技と重なり、視聴者の記憶に残る名実況の一つだ。
もし、このセリフが冨田の着地後に発せられていても、視聴者の興奮でかき消されてしまう。だからこそ、本書では実況を担当した刈谷富士雄を評し着地に合わせて気の利いたコメントを発したわけです。まさに計算された実況ですね (P118)と、絶賛している。
だが、何の予備知識もないままにこのような名実況が生まれるだろうか?
そう。スポーツ中継に携わる全ての関係者が、中継に先んじてどれだけ綿密な準備を重ねているのか。それこそが、本書が伝えようとしているキーファクターだ。
私はこれまで、スポーツ中継はどこの放送局なのか、はたまた誰がディレクターなのか、など気に留めたこともなかった。
しかし、本書を読んで驚かされるのは、ディレクターの考え方次第で、視聴者への伝わり方は全く別物になってしまうということだ。
たとえば、一見すると代り映えのしない、定番のプロ野球中継ひとつとっても、フィロソフィーがある。
1990年代にサッカーJリーグが人気を博し、もう野球の時代は終わったのでは、という空気が流れるなか、日本テレビは「劇空間プロ野球」というタイトルで、ドル箱だった巨人戦のテコ入れを図った。
もちろん、変わったのはタイトルだけではない。
これまでの、監督目線で批評中心の解説だった姿勢を一新し、選手やプレー中心の「見て楽しい」中継スタイルにかじを切った。
たしかに、いま思い返すと、日本テレビの野球中継は、他局にはない魅力が多くあった気がする。
その最大の要因は、カメラワークや解説のうまさだけではなく、実況するアナウンサーの豊富な知識にあったように思う。
本書は、WOWOW社長を務める著者が社内向けに行った「WOWOWスポーツ塾」の講演集で、スポーツ中継に携わる関係者に伝えたいことがコンパクトにまとめられている。
その思いが凝縮された一言が、本書のタイトルだ。
一例として、日本テレビが放送した1991年の世界陸上東京大会が挙げられる。
プロデューサーの坂田信久と、チーフディレクターを務めた著者が練り上げたフィロソフィーは、競技はシンプルに。競技以外はドラマチックに。 (P35)
そのフィロソフィーのもと、勝者だけではなく敗者にもドラマがあることを伝えようとしたことが特徴的だ。
選手の競技力だけでなく、ライバル関係、その国の背景まで理解していないと、良い中継はできません (P44)と語る信念は、まさに著者が手掛けてきたスポーツ中継を見ていると良く分かる。
たとえば、著者がディレクターを務めた「箱根駅伝」では、徹底的に"個人のドラマ"を描き出す (P29)。
「アナウンサーは徹底的に事前取材する。実況では選手個々の背景にまで触れる」。 (中略)事前取材をもとにした、その選手でなければ言えないコメント、個々の選手のこの大会にかける想いや選手の背景、選ばれなかったチームメイトとの具体的なやりとりにまで踏み込んだ実況をしていこうということです。 (同)と、このスポーツ中継で何を視聴者に伝えたいかの思いを、熱く語ってくれる。
だからこそ、優勝争いだけではなく、シード権争いや激しい順位変動をことさらドラマチックに描き、さらには夏合宿への密着取材から、予選会での悲喜こもごもまで、学生ランナーがどのような思いでこの舞台に立っているのかを、つぶさに伝えようとしているのだろう。
個人的には、箱根駅伝人気が過熱している懸念を抱いているものの、往復12時間を超える中継を、視聴者にストレスなく伝えるだけでも容易なことではないのに、確固たるフィロソフィーを胸に抱き、徹底した準備をしたうえで、自信をもって中継に臨む関係者の、プロフェッショナルな矜持を教えてくれる名講義だ。
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