著者 |
門田隆将 |
出版社 |
新潮社 |
出版年月 |
2010年7月 |
価格 |
\1,500(税別) |
入手場所 |
市立図書館 |
書評掲載 |
2010年8月 |
評 |
★★★★☆ |
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過去五年間に出場したマラソンで五戦全勝。並みいる世界の強豪が揃った大会で必ずトップでゴールテープを切ってきた瀬古は、「最強ランナー」「不敗の男」として、ロス五輪で優勝候補の最右翼と目されていた (P18)。
だが、普通に走れば勝てるはずだった瀬古利彦はその時、真夏の練習で疲労が蓄積し、スタートラインに着くことすら困難な状態に陥っていた。
期待と重圧に押し潰れそうになるなかで、瀬古は母親への電話で「もう走れない・・・」と涙ながらにこぼしたという。
それは、競技の妨げとなることは全て排除し、家族との接触すら固く禁じていた、師・中村清の訓戒を破ってまでの行動だった。
瀬古はなぜ調整に失敗し、なぜそれほど苦しみながらも走り切ったのか。
当事者以外には分かり得ない、アスリートの心の動きが、本書のなかで明らかにされている。
本書は、「アスリートたちの勝敗を分けた“一瞬”にスポットライトをあてた闘いの記録であると同時に、彼らの内面、すなわち心の軌跡と葛藤を追った物語 (「はじめに」より)」である。
構成は、マラソン、野球、サッカー、ラグビー、ボクシングなど、異なるスポーツ十編を題材に、なぜアスリートが、見る者を熱く感動させるのかを探り、様々な秘話を掘り起こしている。
激痛に耐えながらもフィールドに立ち、日本選手権七連覇の立役者となった、ラグビー・新日鉄釜石の松尾雄治。
無国籍であるがゆえ、戦争に翻弄されながら野球界から追放された最強投手・ヴィクトル・スタルヒン。
「水洗トイレの水さえ飲みたくなった (P153)」とまで語る過酷な減量に苦しみながら、日本人として初めて2階級制覇した、ファイティング原田こと、原田政彦。
年代的にはやや上の世代が多いが、いずれの登場人物もスポーツファンには馴染み深い名前ばかりだ。
だが、「勝者」の称号を得るために、かくも苦しい道のりを経験している事実は、あまり知られていないだろう。
その意味で、本書はアスリートの「執念」に注目した貴重なノンフィクションだ。
また、非常に文章表現が豊かで、当時の熱気、喧騒、そして緊迫した空気までもが伝わってくるような臨場感があり、読んでいるうちに、何度も感情が揺さぶられていた気がする。
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