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65億のハートをつかめ!
−スポーツ中継の真実・世界一の国際映像ができるまで−

65億のハートをつかめ
著者 TBS世界陸上
プロジェクトチーム 編
出版社 ベースボール・
マガジン社
出版年月 2008年12月
価格 \1,600
入手場所 市立図書館
書評掲載 2009年3月
★★★★★

 「ウッ、なんなんだこのタイトルは!?」。
 本書を目にした瞬間、思わず鳥肌が立ってしまった。それは、あの大阪世界陸上のテレビ放送時に、優勝者が決定した瞬間に画面を占拠した「67億分の1」というセンスのないテロップを彷彿とさせ、競技の興奮を一気に醒めあがらせた寒気が蘇ったからだった。
 そもそも、TBS(東京放送)が世界陸上の放映権を獲得した1997年以来、競技に対する造詣の浅い俳優をメインキャスターに据え、知識の乏しいアナウンサーが絶叫する同局のスタンスは、個人的には好きになれなかった。
 本書の内容についても、いかにして視聴率つかむかに関する、小手先だけの演出方法に終始しているのではないか、という予断を持っていた。
 だが、そんな不埒な予断は良い意味で裏切られた。それどころか、世界一の映像を撮影しようとする同局スタッフの挑戦は、競技の主人公であるはずのアスリートに肩を並べるほど、ドラマチックだということに驚かされた。

 本書の主人公であるプロジェクトチームが大阪世界陸上で任せられた大役は、ホストブロードキャスターとして、全世界に国際映像を配信する、極めて責任の重い任務だ。動員されたのは人数にしておよそ800名。カメラの台数は100台を超える規模であったことからも、社運を賭けたビッグプロジェクトであることが容易に推測できる。
 これだけ困難な中継を、従来並みの映像に仕上げるだけではなく、クオリティとストーリー性にこだわりぬいたプロデューサー、カメラマンや音声スタッフの挑戦が余すことなく再現された本書は、とてもロマンに溢れ、読み応えがあった。
 その結果、彼らが配信した映像のひとつが、世界の年間映像大賞であるIOCグランドプライズを受賞するなど、国際的にも高く評価されたのであるが、本書の希少性はそれだけではない。

 陸上競技を愛する私たちの多くは、競技のルールは熟知し、テレビを見ながら偉そうにうんちくを披露(?)していることだろう。だが、その撮影自体に厳格なルールが存在することを、どれだけの人が知っていたことだろう。
 実は、世界陸上のような大規模な国際大会では、国際陸連が規定する「国際映像マニュアル」なるものが存在し、「トラックと表彰式はライブが原則」、「フィールド種目は時系列を逆転させてはいけない」などの細かいルールが定められているのだという。
 そのため、フィールド競技で好記録が出ても、VTR放送を余儀なくされ、各国放送局の利害が衝突することが、ままあるという。
 そんな一般には知られない、メディアの裏側をうかがい知ることができるのも、ホスト役という貴重な仕事を取り上げた本書の魅力だ。

 同大会については、地元開催であったにもかかわらず、日本人アスリートの不振もあり、盛り上がりに欠けたとも評されていた。だが一方で、別の舞台では、日本人スタッフによる大活躍により、世界中の視聴者に興奮を届けていたという事実を知らしめた意味で、本書は同大会の意義を、従来とは違った視点から認識させてくれた。
 もちろん、当事者から描いた作品であるため、やや自画自賛しすぎている嫌いがあるやもしれない。また、陸上競技の重厚な雰囲気とは相反する軽々しい演出に辟易していたことも事実だ。
 だが、エピローグのなかで語られた、当プロジェクト総合プロデューサーの菅原の言葉が、最後に私の溜飲を下げてくれた。
 菅原によると、TBSとしても世界陸上を経験したことで、スポーツ中継の理念について話し合われることが増えたそうで、「タレントの起用や大げさな実況、大げさなVTR。それらが一般視聴者を取り込んできた功績は否定できません」と前置きした上で、「でも、競技自体に自信があれば、ライブを大事にしたシンプルな作り方もあるんじゃないかと感じる人間が多くなりました(P211)」と、従来の方針を転換させることを匂わせている。
 そうだとすれば、同局の陸上中継にますます期待をしてしまう。どうやら、次回のベルリン大会でも眠れない夜が続きそうだ。

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